スタッフブログ

2017年5月1日|

醸し出されるものの時期

 読みたい本、読もうとする本と本の狭間の時があります。あるいはその類の本は今は見たくもない、という時。
 本棚を探ってみると、もう何年も前に読んだ本が目に留まりました。

 

 「皆さんの周囲にはいろいろな人がいるが、だれでも長所と短所がある。皆さんはその多くの周囲の人たちの長所を見ることに努力していただきたい。短所は、まあ見ておく必要もありますけれど、あまり骨を折って見なくてもよろしい。そして、甲君の長所はこういう点や、乙君の長所はこういうところや、じゃあ甲君に対してはこの長所を伸ばすように協力しよう、乙君の長所にはこういうところに協力しようというような事柄に興味がわいてくる。そしてその人に対してそういう行動をいたしますと、皆さんの周囲が非常に明るくなってくるし、非常に成果があがってくると思うんです。同時にまた周囲の人が、皆さん自身の長所というものに協力してくれるようになる」

 

 びっくりしました。1962年のことです。松下幸之助がおそらく松下電器の社員に向けて話した講話だと思います。
 今でこそAI(アプリシエイティブ・インクワイアリ-)などポジティブなアプローチが広まり、私などはそれをすんなり受け止めていますが、1962年といったら日本のバブル期よりずっと前の話です。別の本でも彼が、同じ時期に「これからは心の時代や」といっていたフレーズがあったのを思い出します。

 

 「百の国があれば百の花が咲く、みな花が違う。みな花が違うが、しかし花としてのそれぞれの趣がみんな味わえる、鑑賞できる。しかもその花が相交差して咲いて、非常な錦を織りますというような、見事なものになってくるところに、私は世の姿というものがあるのではないかと思うんです。(中略)いろいろの形のものが相調和して、そこにさらにより高き美を生み出すところに、ほんとうの美というものがあるのではないかと思います。」

 

 同じ本に1958年の講話が載っていました、「私は同じものが二つないというように、世の中がつくられていると思うんです。そこにそれぞれの特色というもの、個性というもの、それぞれの使命というものがある。そういうものが相交差して社会を形成している。そこに社会美というものが見いだされるわけです」と締めくくられています。

 

 何十年も前にこの本を読んだときには、それほど心に残っていなかったのでしょう。すっかり読んだことは忘れています。松下電器はこういう考えをもった人がいて、いやいたからこそ成長できたのだろう、と思います。長い年月をかけて熟成され、絞り出された醤油のような、コクのある味に浸った気分になりました。今、出会うべき時に出会う本があります。

出典:松下幸之助(2010)「人生と仕事のついて知っておいてほしいこと」株式会社PHP研究所


2017年4月27日|

近くの公園にて

私は、看護師の仕事を辞めて、夫から体力が落ちるから運動をしたほうがいいよと言われて、自宅近くの川沿いの公園をウオーキングしています。
ちょうど、4月はじめには、桜が咲き、そして桜と共に菜の花が咲いているところがあり思わず写真に撮りました。
日本人というのは、本当に桜が好きなのだと思いますが、近所の公園にも様々な国の方がお花見しています。
また、私も同様皆さんも写真を撮っていました。外国の方も自国にはない桜の美しさに心奪われている感じでした。
今まで、忙しくて散歩をすることもあまりありませんでしたが、自宅近くにこんなに素晴らしい花々咲いている公園があり驚きました。
たぶん、私が知らなかっただけで皆さんは知っていたのでしょうが、自分のまわりを見渡すとたぶん気がついていない素晴らしいことがたくさんあるのではないかと思っています


2017年4月2日|

グループプレセス・コンサルタント・トレーニング

 最近、私をかわいがってくれている先輩と久々に会いました。その時に「あいつ、どうしています?」と尋ねました。
 あいつ、とは私より3つか4つ年下の後輩のことです。性格は温厚、人当たりもよく、語学堪能、有能な後輩は今どうしているのか、気になって聞いてみました。
 「あいつなぁ、今はずされてるわ」。言葉に詰まりました。なんでも部下からパワハラと訴えられ、会社がそれを取り上げた結果の処遇だったようです。今、組織では上司が部下に対して下手な言葉をかけられない、だから上司はなにもいえない、なにもいわない、そんなことを他の会社の人と話すと、うちもそうだ、という返事が返ってくる、ということでした。
 こうやって書くと若い部下を一方的に悪者扱いにしてしまっている私のおじさんが出てきてしまうのですが、おそらく部下は部下で上司とどう関係をつくっていくか、どう関係を保っていくかといった懸念と苦悩にさいなまれている状況もあるのかもしれないのだろう、という思いもわいてきます。

 

 3月17日から20日の4泊5日でグループプロセス・コンサルタント(GPC)・トレーニングが合宿形式で行われました。14名の方が東京から、沖縄からと参加いただきました。コンサルタントと銘打っていますが、必ずしもコンサルタントの人たちばかりではありません。このトレーニング以前にTグループに参加したことがある人もいれば、私たちが提供している研修に初めて参加される人もいらっしゃいました。
 多種多様な人々が限られた時間と場ではあるのですが、その中で「組織活動」を繰り返します。コンサルタント役の人は、特にそこで起こるグループプロセスに焦点を当て、グループのダイナミックスをどう生産性や効率性につなげていくか、結果を出すか、そのチャレンジを繰り返します。アプリシエイティブな、ポジティブなアプローチでもって、いつ、だれに向けて、どのように働きかけるかを自分に問いかけ、やってみる、の連続で、終わった後はへとへとです。
 へとへとの後にフィードバックがされるのですが、私が感じる限りではこのフィードバックがあることでコンサルタント役の人は元気と勇気を充填できたのでは、と感じました。そこではコンサルタント役の人のプロセスを大切にする参加者の人たちのアプリシエイティブなかかわりがありました。
 こうしたセッションの積み重ねがまさにその場で初めてできた「組織」の成長を成熟へともたらした、という印象をもちました。その「組織」の成果物もとてもユニークなものが出来上がり、一時はどうなるものかと思った私の懸念はただの杞憂にしかすぎませんでした。チームのありようをもっと信頼せねば、と思いました。

 

 「目にみえるつらさと目に見えないつらさがあるんだよね。それを表に出すか出さないかだけです」
 今場所、優勝を逃した照ノ富士の両ひざからここ数年、サポーターがないのを見たことがありません。表に出すのがいいのかよくないのかはわかりません。でも、その人にはその人なりのありようがある。一所懸命のありようがあります。一所懸命になれる、一所懸命が報われる、一所懸命がなにかを動かし、変えられる。コンサルタントとしてだけでなく、GPCとして担える役割は幅は広い、そう思わせる体験でした。

 


2017年3月29日|

退職

 私は、看護師として29年間働いてきました。看護専門学校を卒業して7年働いたのちに一度は、育児のために退職をして、平成7年に再就職をして現在に至りました。
ふりかえってみるとあっという間でした。今までいろいろな科で仕事をしてきましたが、最後の8年間は、産婦人科病棟で出産から看取りまでという「人の一生」に携わってこれたことは本当に貴重な体験でした。そして、他の科では経験できなかった様々な出来事を経て、看護師としても人としても成長することができたと思います。
 そして、ある患者さんとの出来事は、看護の在り方を考えさせられるものでした。
 その患者さんは、がんの痛みによる苦痛を訴え、何とか苦痛が緩和できるように主治医はじめ薬剤師を交えて鎮痛剤を検討していました。その患者さんは「痛みをなんとかしてとってほしい」ということをいつも私たちに訴えてきました。しかし、実際に麻薬による薬剤の増量を提案すると拒否をされるということがあり、薬剤師さんも私もどうにもできない状況が続いていました。
 ある時にベッドサイドで薬剤増量について話し合いに行くと険しい表情で「鈴木さんは、厳しいのよね」と言われました。その患者さん曰く、「麻薬を増量するたびに、死に近づくようで怖いのよ。でも、痛いのも辛い。自分でも薬を増やしたほうがいいことはわかっているのよ」、さらに、「もっと優しくしてほしいのよ」と言われました。
 その時に、自分はその患者さんのために良かれと思い、薬剤の増量を説明してきました。しかし、その患者さんは、「死への恐怖」にさいなまれており、そのことをわかっていないことに気づきました。
私は、表面的なことしか、見えておらず、心の奥深くで苦しんでいる声を聴いていないことを実感しました。その後、その患者さんとは何度も話し合い、信頼関係を深めていくことができました。最後に「鈴木さんが担当でよかった」と言ってもらえたことが何よりうれしくて、その方の最期まで看護させてもらえたことが私の貴重な学びでした。
 これからは、看護師として働くことはないですが、今ままで看護の世界で経験してきたことを今後に生かしていきたいと思います。


2017年3月2日|

胃カメラ-こころを写す

 まず液体を飲むところから始まります。液体を飲むと喉のあたりが締められたようなちょっとした痛みが出ました。ベッドに横向きになり、両手は胸を抱えるように組むようにいわれ、しばし時間を待ちます。
 先生がやってきて、「3~4分で終わります」といい、「リラックスしてくださいね」と私の右肩をなでました。
 黒いものが口から入れられ、喉を通るときには抵抗感が増しました。「お上手ですよ」となにかお稽古事で褒められている生徒に対して話す先生に反応する声は出せません。
 それが食道を降りていくのがわかります。やがて胃に到達。胃をあちこち動いている。「これから一番大変なところですよ」とそれは十二指腸に触手を伸ばす。
 「よだれがたくさん出ましたね」と看護師さんにいわれたけれど、麻酔のせいなのか全然気がつかなかった。
 検査服を脱ぎながら写し出された自分の胃と思われる写真を見ると、なんだかいとおしい感じがします、「がんばっているんだな」。
 「廊下で待っていてください」といわれると、急に興奮も落ち着きを取り戻します。審判が下る準備が心を静かにさせます。

 

 手に傷を負えば、自分の血が流れるのが見えます。額に手を当てて熱ければ、熱があることがわかる。食道も、胃も、十二指腸も自分の体の一部なのに、自分では見ることができないし、おそらく痛みや他の部位に現れる変化でその存在を感じることしかできない。
 私たちのこの世の中にも同じことが当てはめられるように思います。目の前で起こっているこれまでとは違うものを自分が感じれば、それを違和感や危機感として受け止められれば、なんらかの対症もするでしょう。でも、見えなかったり、気がつかないまま変わることがあります、変わっていくこともある。長い時間がかかって痛みとして歪んできたり、突如として押しかかってきてどうにも耐え切れなくなるといったことも起こるかもしれません。そんな中でも表には出てこないかもしれないけれど、だれかに褒められることもないかもしれないけれど、自分の置かれている環境の中で自分が担っていることをがんばっている人がいる、世の中を支えてくれている人がある。こうして世の中は動いている。その世の中から私が恩恵を受けている。

 

 残された自分のこれからの人生も同じようなところがあるような気がします。自分ではすべてコントロールできないことが起こる。それを受け容れようとするか、抗するか、いずれを選択したとしても自分の生は続く、ただ淡々と続く。それが死を迎えるまで続く。どの道を歩んでも、急いだとしても、ちょっと立ち止まることはあっても、そこにはそれなりにがんばっている自分はいるんだ、と思う。そこは認めてやりたい、許してやりたい。

 

 「またおいしいものが食えるぞ」、「まだ酒が飲めるぞ」とほっとしました。


2017年2月6日|

はたして続くかな?

 2017年が始まり、みなさんは新しく始めよう、今年はこんなことにチャレンジしようと決めたことはありますか?あるという方は、2月になりましたが、実行できていますか?
 私は今年から5年日記をつけ始めることにしました。以前にも興味を持ったことはあるのですが、始めてみるまでには至らず。昨年5年日記をつけるのはとてもいい!という話を二人から聞いたことがきっかけです。過去の同じ時期に自分が何をしていたか、何を考えていたかを改めて思い起こしたり、その時に感じていたことを読むのはとてもおもしろい、同じことを繰り返さない!という強い意欲もお聞きしたりして、そこまでやれるかは別として、二人も言うのであればやってみようかという気持ちになりました。
 と言いながら、毎日書いているわけではなく、書こうかと思うときにまとめ書きをしています。家族からは、それでは意味がない!その日に書いていないものは後から書かない方がいいと言われたりしていますが(やったことがないのに、そのアドバイスは…!?)、思い出しながら書いています。
 社会人になってかなりの年数が経ちますが、久しぶりに会う人と話をしていると、出会ったときがいつだったか、どのくらい一緒に仕事をしたのか?思い出すのに苦労したり、正確な時期を思い出すのをあきらめて話を続けたり…。そのあと、時期は忘れていてもお互いがどんなふうだったかは思い出話として花が咲くのでいいかもしれませんが、いろんな喜怒哀楽をしながら過ごしていた日々がおぼろげになっていく気もして少しさみしい気持ちになったりしています。小学生や中学生のころは、思いを日記に書きなぐるような感じで書きとめることもありましたが、最近はホットすぎてそのまま書く気持ちになれなかったり、少し消化してからしか言葉にできないような感覚のときもあります。歳を重ねると、思いや今感じていることをそのまま言葉にすることって、いろんなバリアができたりして少し難しくなるのでしょうか。
 書くこと自体がものごとをどうとらえているのかに気づいたり、自分のがどんなふうにとらえているのか一旦整理する時間にもなりそうです。何とかやりくりして乗り越えるだけで大変な時期も、あとからふりかえってみると新しい意味でとらえなおすことができたり、一つ一つの経験を俯瞰してみることで自分に与えた影響として見つめることができる気がします。書いていくこと、あとから読み返すことから何が見えてくるか楽しみです。


2017年2月1日|

「くそばばぁ」

 夜中に親子が喧嘩している声。親子といっても、母娘。雨も降っていることもあり、いっていることはわかりませんが、娘が一方的に罵しっているのはその語気からわかります。
 「このくそばばぁ。」
 このことばははっきり聞こえました。娘の年齢は50歳後半。80歳を超えた母親はどんな気もちでそのことばを聞いているのかと思うと、なんだか悲しい気もちになりました。

 

 水曜日午後11時からNHK教育テレビでNHKとしては異色で斬新(?)な番組をやっているのを見つけました。「ねほりん ぱほりん」というタイトルで、「根掘り葉掘り」からきているのだろうとは容易にわかります。番組はすべて豚の人形が登場します。「ねほりん」役の声は南海キャンディーズの山里亮太さん、「ぱほりん」役はタレントのYOUさんが勤め、毎回違ったテーマでゲストの豚さんが登場します。お昼のワイドショーだったら、おそらくすりガラスの向こうにいて話を聞き出す、という構成が、ここでは人形豚さんがすりガラスの代わりをします。ホームページを見ると、これまで「占い師」だったり「株で億単位の稼ぎをする20代の人」だったり、確かに顔を出して本音を語るには憚れるような人たちが豚さんとなって話をするので、その生々しさが魅力なのかもしれません。
 私が観たのは「里子」の時でした。幼くして養子に出され、養父母に育てられ、今は高校生。物心がわかるようになってから養父母に実子ではないことを告げられ、彼は悩みます。それを学校の先生に話したら、先生がクラスでそのことをみんなに話したことから、彼はいじめにあったりもする。そんな本音をねほりんとぱほりんが聞いたり、つっこんだりします。ぱほりんが聞きます。
 「ねぇ、お母さんに『くそばばぁ』とかいう?」
 「いいますよ」
 「それってお母さん、うれしいだろうねぇ」
観ていてきっとお母さん、うれしいだろうなぁ、と私もよかったなぁと思いました。

 

 社会構成主義という考え方があります。Wikipediaによれば、「社会構築主義(社会的構築主義、社会構成主義)とは、現実 (reality)、つまり現実の社会現象や、社会に存在する事実や実態、意味とは、人々の頭の中で(感情や意識の中で)作り上げられたものであり、それを離れては存在しないとする、社会学の立場」とあります。「わたし」には「わたし」のもつ認識の枠組みや知識があり、「わたし」はそれらでもって世界を理解し、自分なりの意味をつくる。この現実は「わたし」がつくっている。
 前者の娘が発する「くそばばぁ」に対して悲しいと感じる、後者の高校生が発した「くそばばぁ」に対してよかったなぁと思う。それは私がつくっている現実です。その現実をとおして私は人や物事を見たり、評価している。まずそのことに気づいていることが大事なのだろうと思います。そして、なにを、どう語るか。ことばにすることが自分の現実をつくり、ときにはそれでしばられてしまったり、ときには自分のありように気づかされたりもする。
 自然で、自由で、もっと解き放たれていたら、と思う自分がいる、それもまた自分の現実なんだろうな・・・。


2017年1月30日|

新しい年の始まり

 今年の私の目標は、アサーションの組織トレーナ―の資格を取得することです。
 今年は、JIELの研究員としてアサーション、感情の取り扱い、コミュニケーションを中心として活動の幅を広げていきたいと思っています。
 私は、長年、看護の世界にいましたが、現場でいろいろなミス・コミュニケーションを見てきましたし、自分自身でも実際にいろいろな場面でのコミュニケーションで、問題になりアクシデントとなっていました。本当にふとした不用意な言葉を使いコミュニケーションをしたことで、相手を傷つけることになり、怒りをかってしまったことがあります。
 また、自分では、正しいことを言ったつもりでも、それが自分の想像を超えて厳しく受け止められて、「辛い」と、そして「もっと優しい言葉を使ってほしい」と言われたことがあります。
そのことは、私にとっては、とても衝撃的な一言でした。しかし、言ってもらえたことは、非常に有難いとも思いました。言われなければ、きっとその人のためになると信じて同じような言葉を言い続けていたと思うからです。
 私のようなことは、きっと他の人も経験したり、思い当たることがあるのではないかと思うのです。だからこそ、今年もコミュニケーションについて学びを深めていきたいと思います。


2017年1月1日|

青い鳥-2017年の思い

 私自身が「幸せ」というものに引き寄せられたのは、1990年代のブラジルから戻ってきたころだったと思います。
 大学を出て、会社に入り、社会人となってバブル期を経験しました。会社で働くさまざまな部署の人、ブラジルから出稼ぎでやってきた日系人、海外で出会った現地で働く日本人の姿や現地の人たちの生活などをみてきました。
 会社を離れ、ブラジルで生活を始めました。駐在する者としてでなく、生活する者として生きる体験は、また違った視点と感覚を植えつけました。
 インドでの長旅もそれに輪をかけるほど影響のあるものでした。自分のもつ常識がこうも覆され、一気に白髪が増えました。それでもインドとインド人に底知れず魅了されました。

 

 自分のことで精一杯でした。自分のことしか考える器しかありませんでした。日本は豊かな国といわれますが、日本人で自分は幸せだと思う比率はどうもその豊かさに比例しているものではないようです。2011年の「一人当たりGDPと主観的幸福の国際比較」によれば、日本より幸福度が高い国はスイス、ドイツを始めナイジェリア、ガーナ、コロンビア、ウズベキスタンなどがあげられています(2011、世界幸福データベースおよびIMF資料)。

 

 20世紀後半にマーチン・セリグマン博士を代表にポジティブ心理学が台頭し始めました。クーパーライダー教授らが創始したアプリシエイティブ・インクワイアリーは1987年に提唱されています。そのどちらにも表れてくるのは、ポジティブということばです。

 

 チルチルミチルはおばあさんに頼まれて、青い鳥を探す旅に出かけます。いろいろな体験をしながら青い鳥を探しましたが、見つかりません。結局家に戻り、おばあさんに詫びます。そのおばあさんはもともとチルチルミチルの家にいた鳥を欲しがりました。その鳥は青くはなかったのですが、よくみるとチルチルミチルが旅に出る前よりずっと青くなっていることに気づきます。チルチルミチルはおばあさんに青い鳥をさしだし、それでおばあさんの娘はすっかり元気になります。

 

 身の回りにあるもの、自分の身にふるかかってくること、それ自体は青くはないかもしれません。自分がそれを感じ、受け止め、受け容れ、青く消化していく、青く熟成させていく、そのプロセスと思考、そこで発現されることが自分の青さを深めていくことになるのではないか、と思います。

 

 青い鳥は、こうしてお話を終えます。
 「チルチルミチルは、幸福とは気がつかないだけで、身の回りに潜んでいるもの。しかも自分のためだけでなく、他人のために求めるとき、それははかりしれなく大きくなることを知ったのです」。


2016年12月29日|

仕事納めの「クレーム対応コミュニケーション研修」

 今年の研修の仕事納めは、「クレーム対応コミュニケーション研修」の終日版でした。
 愛知県老人福祉施設協議会が主催する生活相談員研修で、81名の方々が集まってくださいました。

 

 「クレーム対応」はコミュニケーションだけでできるものではありませんが、コミュニケーションによりお互いの関係を話ができる状態にすることで、その先の展開へとつないでいくことができます。そこで、研修ではクレームの一次対応として望ましいあり方を講義するとともに、事例を通じて望ましい応答のポイントを体験的に理解していただき、ロールプレイを交えて実践できるようにしていきました。

 

 この「クレーム対応コミュニケーション研修」の原型は、今年3月にある医療法人で行った2時間の研修でした。講義内容はそのときの内容に凝縮されていて、マーシャル・B・ローゼンバーグ博士によるNVC(Nonviolent Communication)を応用して考えたものです。それを理解していただくためには、こちらから提示する画一的な事例への取り組みだけでなく、参加者各自が日常の事例を用いて検討することがてきると、より実践的な理解が深まると思っていました。

 

 仕事納めの「クレーム対応コミュニケーション研修」では、その考えを実現することができ、生活相談員の方々がそれぞれの日常での出来事や取り組みを語り合い、グループで望ましい応答を検討することができました。参加者アンケートには「他施設での取り組みを知ることができてよかった」とお書きになった方が何名かいて、知識を得るだけでなく、その場の交流を通じた学びあいができることの大切さを実感しました。

 

 1日の研修といっても、始まってしまえば「あっという間」です。どのような気づきを得て、何を持ち帰るかは人それぞれですが、クレーム対応に必要な「人としてお互いを大切にするスピリット」は、研修の場でも体感していただけるといいなと思っています。


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