スタッフブログ

2017年11月12日|

T病院で「リーダーシップ2研修」ができるようになるまで

私は、東京都内のT病院研修で「リーダーシップ2研修」を行っている。実は、この病院はとてもご縁のある病院であり、今の私があるのもこの病院の研修存在にあると言っても言い過ぎではないぐらいの思い入れがいっぱい詰まった病院なのである。この病院の研修を長年星野欣生先生がされていることを知り、かつて私がいた病院でT病院と同じような研修を実施したくて南山大学大学院で必死に勉強していた。このT病院では、その当時、合宿形式でとても丁寧に研修を行っていた。私がいた病院では、とても合宿は無理だけれど、少しでもラボラトリー方式の体験学習をすることが私の目標になった。
 私が、初めてラボラトリー方式の体験学習に出遭い、人間関係トレーニングをすることが看護師の教育の中でとても重要で大切であると確信していた。しかし、当時の私は、嘱託職員でいわゆるパート看護師であり、そんな私が病院でコミュニケーションやリーダーシップの研修をしたいと言って、病院の中ですぐにできるわけがなかった。

とにかく、看護師として働いていたので、外部講師をすることも今のようにままならず、職場の同僚に遠慮しながら看護学校の非常勤講師を行っていた。
また、自分が当時働いていたのは、外来だったので、外来の仲間数人に声をかけて、コミュニケーションや接遇研修などを学習会の一つとしてさせてもらっているような状況であった。

地道な活動であったが、外部講師の依頼が少しずつ増えていき、自分の職場でクリニカルラダーに沿って、「コミュニケーション研修」、「リーダーシップ研修」、「ファシリテーション研修」をすることが曲がりなりにもできるようになった。(現在、退職してからも引き続き研修には携わっている。)
 その後、星野先生と一緒に神奈川県看護協会の仕事を一緒にしているときに、このT病院での研修に同行させてもらう機会があり、その時のご縁で現在、「コミュニケーション」、「リーダーシップ2」などの研修をさせてもらっている。最初にこの病院の師長さんが全国日本体験学習研究会での発表を聞かせてもらったのは確か2006年であったと思う。それから11年という歳月を経て今の私がいる。
11月11日に「リーダーシップ2研修」を終えて東京から戻ってきた。いつも、この研修をするたびに思うことは、この研修に携わることができて幸せだということである。


2017年11月3日|

マインドフルネス

 「日本人は何も言わないし、何を考えているのか、意見があるのかないのかわからない。それで日本人の成績はよくないのだ」、と聞いたことがあります。ひと昔以上も前のことなので、今はどうなっているか定かではありませんが、自分がわからないことなら(人がどう思おうと)なんでも質問する(らしい)欧米人との違いが日本人の留学生にはあるようです。それを文化的な違いといっていいのかどうかわかりませんが、確かに自分の学生時代のことを思っても、今の学生を見てみても、自分から挙手して質問をしたり、もう一度説明を求められるということはほとんどありません。でも、グローバリゼーションという名が徐々に浸透していくなかで、こうした環境も徐々に変わっていくのだろう、と思っていました。
 国内外で人の移動が増え、流入流出定住が進むと、そこには新たなスタンダードが生まれます。おそらくそれはデファクトなグローバル・スタンダードとして確立していき、大波に飲み込まれていく日本人を想像していました。ところが、一概にそうとは言えないかもしれない。
 いわゆる西洋は西洋でそれなりの行き詰まりといったらいいのか、立ち止まりというのか、これまでのやり方や進め方、もっというと生き方に対して問いかける、自問するという流れがあるような気がします。

 

 マインドフルネスということばが広まっています。何冊か読んでみました。当初それは瞑想のやり方とかの方法を述べているものなのかな、と思っていました。実際にはそうではなく、ただ単に呼吸に集中すればよいということではなく、そこには西洋で生きてきた歴史的文化的な背景に東洋の思想や宗教が混ぜ合わさり、むしろこれまでの生き方を問われ、人として、この地球という場で包摂しながらいかに豊かに、いかに幸せに生を創造していくか、そのためのこころのありようを見つめてみよう、という思いを感じます。
 今、保守主義であったり、ナショナリズムであったりと、どちらかといえば内向きの方向に進んでいるように思いますが、それはどうも全体にあってより混じり合いが深まる(深まらざるをえない)なかであるからこその突出した傾向なのかな、と思います。

 

 もう30年近くも前、永平寺にいって座禅をしたのを思い出します。高々3日の参禅でどうのこうのというのはおこがましいですが、宇宙の中に自分がいて、自分のなかに宇宙はある、そんな気がしています。


2017年11月2日|

春から、冬の出会いへ

 今年の春にミニトマトの苗を植えました。枝はどんどん伸び、支柱を立てましたがそれでも足らず、ひさしからひもをぶら下げ、ひもで枝をくくりましたがひさしの高さを超えんばかりでした。でしたがその割には実はあまりならない。仕事先の“家庭菜園の先輩”の先生に聞くと、それは手入れが悪い、の一言。実のなる枝を残し、無駄な枝は切る。そうしないと必要な養分が実に集まらない、それに肥料も・・・、などと講釈が続きました。
 それでも夏場になれば多少の実はつき、赤くなったものをもいで食べればなかなか甘い。去年ほどではないけれど、今年もそこそこ収穫がありました。収穫があるとうれしい。で、今11月。そろそろ根を抜いて冬野菜にしようか、と思っているのにどうしたものか実がたくさんなっている、ただし青い。こいつらが赤くなるのを待って、それからキャベツでも、と思っているのに、青いのが全然赤くならない。少し赤くなってきたかな、と見てみると、なにやら虫が食ったのか穴が開いている。この寒さのせいか、上のほうから葉っぱが枯れだした。どうにも見極めが必要な時期に来ているようです(むしろ見極めが遅い)。たくさん食べることはなかったとしても、こうして十分楽しませてもらったので、それはありがたく納めることにして思い立ったのは別のこと。

 

 プールに泳ぎに行きます。そこの駐車場には秋になるとザクロが実をつける。以前書いたこともありますが、昔家にザクロがあったせいか、ザクロへの思いがなぜか強い。実は一週間ほど前に実がはじけているのを見つけ、これはスタッフの人にいってもらっていこうと思ったのだけれど、なにをためらったのかその時はカウンターに戻ってスタッフに言うのをめんどくさがってしまった。その一週間後、例の台風のせいなのか、実はあえなく落ちた。今割れて食べごろなのは3メートルくらいの高さのところにある。届かない。
 ものごとにはタイミングというものがあります。あるいは縁といってもいいかもしれません。あえなくザクロはあきらめましたが、実はもう一つのアイデアがあったのでした。

 

 かりん。その駐車場にはこの時期、かりんもなっているのでした。あのかりんをいつかは何とかしたい、と思っていたので今がタイミングと思い、スタッフにいいました。「あのちょっと頼みたいんだけど、かりんがなってますよね。あれもらっていってもいいかな」。もう常連になっているからなのからなのか、二つ返事でOK。そこで4ついただきました。
 ずっと梅酒をつくっていなかったために放ったらかしになっている広口ビンを洗います。お湯を沸かし、熱湯で消毒。後は自然乾燥。かりんはお湯で洗って2~3日おいたほうが密が出やすいそうなので、これを今からしましょう。後は氷砂糖とホワイトリカーを買いに行かないといけません。
 ミニトマトは日一日と生長し、気づかないうちに実がなり、それを食するという喜びがあります。果実酒は生長はないけれど、熟成するという変化がある。
 出会いの時季と縁。それは図らずして訪れ、仕組まれ、だからこそ変化できる。そういうように開かれているようにしていることをマインドフルネス、といってもいいんでしょうか。


2017年10月23日|

「気づく」:実践 人間関係づくりファシリテーション 第5章

10月21日に実践 人間関係づくりファシリテーションの第4章「観る」と第5章「気づく」を岸田美穂さんと共に実施しました。
参加者は3名と少なかったのですが、午前中に「観る」ということで2人の会話を他の2人が観察し、観察したことをフォードバックするという実習のあとに「気づく」の実習をしました。

この実習は、以前研究員であった山岸裕さんが執筆された章であり、私自体、自分で行うことは初めての試みでした。
実習「私の心の窓」は「ジョハリの窓」をもとに行う実習であり、「自己開示」と「フィードバック」を丁寧に行うものです。今回は少人数の参加者であったことで、午前中の「観る」の実習の中でかなり率直に実習の時にそれぞれの参加者がどんな思い、気持ちで実習を行っていたかを語っていただけました。
そして、誰のどのような意見も聴き、すべて肯定的受け止め、時には、自分でも説明のつかない「突然の涙」や「笑いすぎての涙」と感情があふれ出し、ありのままでいることで、そこにいる人のどんな行為もほかの人の救いになることを体験していただきました。
参加者の方より、こんなにも「安全の場であること」がいかに人間関係の学びと気づきを深くするものだと実感した1日でした。

しかし、深い気づきと学びは、自分の中で受け止めることにも時間が必要であり、「頭の中が沸騰している」と表現された方もいて、講座を修了するときには、クールダウンすることの大切さを改めて感じる講座でもありました。

今回、3人という参加者の中で開催で、参加者中には本当に実施されるのかを不安に思われた方のいましたが、この3人を大切にしながら行った今回の講座は私の大切な宝物を一つとなりました。


2017年10月3日|

赤チン

 扁桃腺を切っていません。兄がいますが、兄は切りました。昔は扁桃腺を切っていたそうですが、なぜか兄と私の間の年くらいから扁桃腺は切らなくてもいい、というふうになったと聞いたことがあります。
 扁桃腺を切らなかったせいか、その後はとくに季節の変わり目だったり、冬の寒さの間に喉が痛くなります。つまり、扁桃腺が腫れます。扁桃腺が腫れ、喉が痛くなると、塗るものがありました。ルゴールです。針金よりも少し太い棒状のものが、端っこは丸い形をして指が入れられるようにしてあり、もう一方の端は棒をねじった形状をしています。脱脂綿をもってきて、適当な大きさに切り、それをそのねじれているところに巻きつけます。取れにくくするためのねじれです。脱脂綿がしっかりつくと、それをルゴールの瓶に突っ込みます。ルゴール液を吸った脱脂綿を口を開けた奥にある扁桃腺に塗ります。そうするとむせて、むせて。でも、よく効きました。
 過日、喉に痛みがあったので、ドラッグストアに行きました。店員さんに「ルゴールください」といったら、「それはなんですか?」と聞かれました。ルゴールは市民権をもう得ていないようです。

 

 「最近、おたんちんって聞きませんね」と車を運転中にラジオからの声がいっていました。確かにおたんちんは昔はよく使ったと思いますが、いつの間にか言葉遺産になってしまったようです。天花粉もその価値がありそうです。子どものころは、特に夏の風呂上りにあれはパフというのでしょうか、それに粉をつけ、全身に塗ってもらった思い出があります。当時、天花粉の入れ物は紙製だったような記憶があります。天花粉はその後、シッカロールと、そして今はベビーパウダーというサラッとした名前になりました。でも、なぜ天の花の粉なのか?これも言葉遺産に登録されてしまったのでしょうか?

 

 最近の若い人たちは今でも使うのかどうか知りませんが、「たわけ」とか「やっとかめ」といった名古屋弁は、私は由緒ある言葉だと思います。田を分けることの愚かさを評した言葉ですし、久しぶりに会うのを「八十日目」というのは、なんとなく楽しい気分にさせてくれます。
 歴史に詳しいわけではないですが、江戸幕府開府のときに多くの三河武士が江戸に下向したことを考えると、江戸の言葉のベースになったのは三河弁だっただろうし、そこにいろいろなところから江戸の街に集まってきて商人や町人になった人たちの言葉が入り混じって東京弁ができたとするなら、三河弁特有の言葉が残っているのではないか、という気がします。ですが、「じゃんだらりん」を代表する三河弁の言葉で残っているものはあるのでしょうか。ひょっとして「じゃん」という言葉は、あれは三河弁が残っている、ということでしょうか?

 

 おそらく江戸に居ついた三河武士の言葉は、町人言葉に駆逐されたのだろうと思います。言葉は生き物なのでしょう、姿を変え、扱われ方を変え、イメージを変えます。
 「赤チンって知ってる?」と聞いたら、そこは看護学生、みんな知っていました。「でも、今はないですよ」、「え?なんでないの?」、「赤チンには水銀が入っているから、使わないんです」・・・。
 時代とともに言葉は変わりますが、商品も変わります。
 でも、「~じゃね?」という若者言葉は、どうにも受けつけがたい私です。


2017年9月25日|

第5回Tグループのフォローアップ

9月10日に第5回Tグループのフォローアップ講座がありました。Tグループが終了してから三カ月後に日本体験学習研究所のHCCの集まっていただき、Tグループの意味を考える機会を設けました。
Aグループの皆さんは、前日に集まれる人たちで飲み会があり、これなかった人にその様子をお伝えしていたようです。

 

【フォローアップのねらい】

  • 再会を楽しむ
  • Tグループを終えてから今日までの自分をふりかえる
  • 私にとってのTグループの意味を考える
  • 今日の体験を明日への私につなぐ挨拶とチェックイン
    Tグループ終了後から今日までをふりかえる時間をとり、昼食後にTグループの意味を考え、明日につなぐというプログラムでした。
    また、それぞれの人が思い思いの三カ月を過ごしていたことを語り、改めてTグループについての意味を考え、明日に向けてエールを送り終了となりました。

     

    【アンケート】
     

  • 仲間との再会 明日から改めて踏み込んでいくための契機
  •  

  • 今後の成長の取りくみ。様々なチャレンジへの手ごたえ確信性。
  •  

  • Tと日常のつながりが考えれた。
  •  

  • 脳に学びを呼びおこしてくれました。フォローは大切だと思いました。
  •  

  • 立ちどまってみつめなおせる。進むエネルギーを頂けた。
  •  

  • Tグループの価値。Tグループから私が得ている価値。Tグループのグループプロセスを今後に生かすことの価値ががより見えてきたので。
  •  

  • 今の自分の状態をしるための言葉に気づいた。
  •  

  • 振り返りの作業は、場合によっては一人でもできるし、ネット上で集まってすることも可能ですがリアルに会うことで、6月の記憶や感覚、そして仲間への思いがたくさんでてきました。改めて集まることは大変意味があったことだと思います。
  •  

  • お互いがお互いに影響を与えているのだと思いました。日々の中でもそのような事が起きているのだということを意識して丁寧に過ごしたいと思います。
  •  

  • 見つめる、結ぶといった自分なりに気になる単語を見出すことができた。
  •  

  • 感覚やイメージだけでなく、ポストイットに言葉として表現し、同じ時間過ごした仲間と共有し合うことがさらに深める作業だった。
  •  

  • 3カ月前に一度完結した研修をやりっぱなしにせず、あの研修にはどのような意味があったのか、効果があったのかふりかえることができたので。

2017年9月1日|

清里は今日は晴れだった

 6月25日に起きた地震により、残念ながらおんたけ休暇村での実施が困難になり、8月の繁忙期ではあったのですが、幸い清里のキャンプ施設を確保、場所を変更することができました。第3回ESDスペシャリスト育成講座が無事、開催されることになりました。
 第2回では、環境教育など実践されている方を講師にお招きし、その活動内容もさることながら、それぞれの人の思いなども知ることができ、充実した一日でした。というのも、2日間あった2日目は暴風警報が発令され、東京など遠路から来られている方が帰れなくなることも予想されたことから中止の判断になりました。
 気を取り直しての今回の清里での開催となってほっとしたのですが、開催初日の朝は雨模様。雨だからといって野外活動をしないということではありませんが、でもせっかくなら晴れたほうがいい。晴女ののりちゃんが参加者の一人だったおかげもあって、皆さんが集まる午後からは一転して晴れだし、気持ちのいい夏の緑の空気の中での開会となりました。
 まずは今回の講師をお願いしたキープ協会のインタープリターである鳥屋尾さんとともに野外に出て自然体験をします。吹く風の音、鳥のさえずりを聴きながら、自分が自然に一体となっていくことを感じます。日ごろは時間を気にし、時間に管理されて動いている自分が時間から解放され、今目の前にあるもの、耳に入ってくるもの、触れるもの、空気のにおいにも気を留め、受け入れ、感じます。いつもだと見えていないものに目を向け、気にもしていないことに網を張り、通り過ぎていくものにもなにかを感じる時空となります。煩雑な、長い目で見ればそれは本当に大切なことなのか、今そこに自分のエネルギーのすべてをかける意味がどれだけあるのか、そんな日常が今は木々や一枚の葉っぱや鳥の鳴き声に打ち消されます。
 私たちが得たものはなにか、そして失ってしまったものはなにか。変わるもの、変わらないもの、変えられるもの、変えないようにできるもの。そのために私たちが変わらなくてはならないことはなんなのか。
 たぶん私たちは環境教育というカテゴリーのなかに、私たちのありようが問われ、日常の生きざまが問われ、その行動が問われているのだ、と思いました。

 

 自然体験をした後、受講されている皆さんはグループに分かれ、レシピをもとにプログラムづくりに入りました。夜は一同に会し、ワインや差し入れの焼酎をいただきながら語り合いました。それぞれの人が自分のことを語ること、それが集まる時間と空間がひとつになる。森に囲まれたコテージは、夜の動物たちに暗闇をあげるためにできるだけ明かりを落とし、それがまた私たちをひとつにしていくのを感じます。
 2日目はグループごとにインタープリター役になり、野外での実践となりました。それぞれのグループが思考を凝らし、ユニークな実習が出来上がりました。


2017年8月29日|

「スピリットベアにふれた島」

 NVC(Nonviolent Communication/非暴力コミュニケーション)は「修復的司法」に則った言語です。「修復的司法」とは、他者に困難や打撃を与えた加害者を裁いたり、罰したりする「応報的司法」とは違い、話し合いを通じて加害者が自分を見つめ直す機会を提供し、自分の責任を自覚して被害者の回復に尽力することで、加害者と被害者がつながりを取り戻し、加害者自身が立ち直っていくプロセスを指します。……と説明すると、概念的で難しそうですが、この「スピリットベアにふれた島」を一読すると「こういうことか~」とよくわかります。

 

 ハードカバーのこの本は児童文学で厚いものの、読み始めると物語の世界へグイグイと引き込む力があります。怒りに支配されていた主人公がどうなっていくのか。リアルで生易しい夢物語ではない世界がそこにはあります。関係者と話し合いへの参加を希望する人たちが、全員でサークルになって、キーパーの進行のもとで話し合う「サークル・ジャスティス」の様子や、過酷で偉大な自然、孤独、そして怒りと向き合うシーンも出てきます。

 

 昨年の第5回体験学習実践研究会で、この「サークル・ジャスティス」の対話の手法である「リストラティブ・サークル」を長田誠司さんにご紹介いただきました。そのときに(リストラティブ・サークルやNVCは)「葛藤をなくすわけではない」と言っていましたが、「スピリットベアにふれた島」を読むと修復的司法のなかにも葛藤があることがわかります。自分との葛藤も、他者との葛藤も並大抵ではないけれど、葛藤を乗り越えるときに人の強さと偉大さが見えると思いました。

 

 自分や他者とのつながりは本当にかけがえのないものです。

 

「スピリットベアにふれた島」 ベン・マイケルセン
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2017年8月8日|

ESDスペシャリスト育成講座-第2回の学び

 8月6日に最初に登壇されたのは水谷央さんです。水谷さんは現在NPO法人 もりの学舎自然学校の代表理事を務め、もりの学舎を中心として愛知県内各地で主にインタープリターとして活動しています。
 「子どもたちが、多様な可能性を見つけることができる社会の形成」、「子どもたちが、自分で感じ、考えて、実現できる力を身につける」、「子どもたちが「力」を身につけるためのサポートができる大人を育成する」
 「自然はツール」という水谷さんや水谷さんのお仲間たちの思いは、自然とともに、自然を活かして、私たちと、私たちの子どもたち、私たちの未来とどう関係をつくり、どう描き、どう創造していくか、という深淵なものをもち、でも実際の行動は身近にある自然とのふれあいにある、ということを感じました。

 

 次に話をされたのは山田俊行さんです。トヨタ白川郷自然學校の學校長で、白川郷からプラグイン・ハイブリッド車で来られました。トヨタの名前から想像できるように、トヨタのCSR=Corporate Social Responsibility(企業の社会的責任)の姿勢が形で表れているものです。商品をただ売りさえすればいいというのではなく、売った先のこと、売る前のことを考える、そのことが企業の思想に影響を与え、そのものの存在と継続にも影響を与える。北海道の昆布漁師が昆布の取れる量が少なくなったとき、山に入り、山を育てる活動をした話を思い出しました。この世の中は大きく循環しているとすれば、人も、自然も、企業も共に育ち、共に生きる、共育と共生をどうしていくか、自然と時間とをあわせたコンセンサスが大切と感じました。

 

 3人目は西村仁志さんです。広島修道大学人間環境学部の教授をされていて、今回の話は公害教育です。日本の経済を牽引した企業は負の遺産も残しました。4大公害ばかりでなく、日本各地で企業活動が優先され、そこから排出されるものに目が届かない実情がありました。今や公害ということばもおそらく子どもたちにとっては新鮮な響きをもつかもしれないほど対策がとられ、西村さんの話によれば原因企業も含めた地域での集まりや話し合いもされているとのことです。

 

 東日本大震災で多くの町が損壊しました。津波に飲まれた建物を震災遺構として残すかどうかの話し合いがされていると聞きます。家族や友人をなくされた方にとっては見るだけでつらい思いをされることと思います。ただ、語り部の皆さんも歳を取ります。今の子どもたちにとってスマホはあって当たり前であり、ゲームを遊び、ラインを使うことも自然なことです。それはいいかえれば、以前はあったけれど今はない、ということも当たり前のこと、自然なことということでしょう。公害も今となってはなんの話?と子どもたちに思えてしまうのも仕方のないことかもしれません。

 

 3人のお話を聞いて思ったことがあります。ESDはEducation for Sustainable Development(持続可能な開発のための教育)です。持続するということ、そのなかには失われたもの、埋もれたものでそれを未来につなげていく、引き継いでいく、そこには人が、人として、他の人とどう生きていくか、未来の人にもつながる核となるものとそれをつなげていく責任が私たちにあるのではないか、ということです。

 

 話を聞いて感じたのは、3人ともESDとは、といったことが念頭にあって、それだから活動をしているというわけではなく、ご自身の興味や関心、好きなことにかかわり、取り組んで、ひいてはそれが教育に結びついている。郡上からトヨタ白川郷自然學校までのロング・トレイルを計画・整備中という話がでて、それに行ってみたいという声が聞こえたとき、そうやって自分たちがやる、楽しむ、その体験を話す、伝える、そうしたこともESDの広まりにつながるんだな、と感じました。


2017年8月2日|

今だけが「今」じゃない、ためのアクションへ

 7月22日に今年度から始まったJIEL主催「ESDスペシャリスト育成プロジェクト」の第1回講座が開かれました。
 ESDとは”Education for Sustainable Development”の頭文字をとったもので、「持続可能な開発のための教育」と訳されています。

 

 どのようなことでも
 七代先の子どもたちのことを
 考えて決めよ

 

 ネイティブ・アメリカンのことばは、私たちの命は私たちだけのものではないことを教えてくれます。

 

 今だけが「今」じゃない

 

 私たちの作成したESDプロジェクトのパンフレットにこのコピーを載せました。今を生きている私たちは、今をどう生きるかを考え、悩み、行動することができます。その行動のなかに未来の子供たちがどう生き、悩み、行動するかを問う「今」を含めたらどうかと思います。

 

 第1回講座で講師を務めていただいた川嶋直さんからはSDGsの紹介もありました。SDGsとは”Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)”のことで、2015年に国連で採択された目標です。2030年までに17の目標を達成することを目指します。
 直さんが行ったワークに私も参加しました。A6サイズの紙にESDと自分の接点や思うことなどを書き出していきます。思いつくままにペンを走らせると、自分のなかで起こっていることが次々とつながりをもって現れます。SDGsは17の目標を掲げている、その目標が達成されたとき、人は幸せになるのだろうか、否、そこが幸せのための到達地点ではない、そこに至るプロセスのなかに幸せはあるのではないか。「真の幸福とは、徳のある人生を生き、価値ある行為をすることによって得られる」というアリストテレスはそれを「ユーダイモニックな幸福」といっていて、「達成をめざす過程の状態がユーダイモニアであり、それを手に入れた状態がヘドニア」であるなら、どうもそこに幸せを見出すつながりがあるのではないか。そこで思ったのは、SDGs=”Shiyawase Development Goals”。
 直さんがいっていましたがESDからASDへ、それはAction for Sustainable Development。

 

 あなたがどれくらいお金を持っているかには
 興味はない
 わたしが知りたいのは 悲しみのとき 絶望の夜
 あなたがこどもたちのために
 自分のしなくてはいけないことを
 できるかどうかだ

 

 (出典:しおうらしんたろう(2006)「ネイティブ・インデアンのこころがよろこぶことば」東京書籍)


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