スタッフブログ

2018年5月21日|

自分が好きになるカードゲーム

「ラーニングカフェfor CHANGE」は、一般社団法人化した2015年から始まり、今年度で4年目を迎えます。広く市民に対話の場を開放し、参加者同士の関わり・交流から、少しずつではありますが、参加者自身の変化や新しいつながりが生ま始めています。昨年度から私がカフェマスターとなりました。人数に多少の変動はありますが、毎月10名程度の方が参加しています。今年度は、毎回参加者の方から話題提供者を決め、最初の20~30分程度、ご自身のテーマで話題提供をしていただきます。その後、その話題を元に対話を展開していく、という方法を取ります。

 

 第2回目は5月16日(水)に開催し、9名の方が参加してくださいました。今回は、ラーニングカフェの常連、加藤信一さんにご登場いただきました。テーマは「わたしって、こんなに素敵!」。

 

 加藤さんは会社員をされていますが、お仲間とカウンセリングの会も実施されています。今年度から、一般市民を対象としたワークショップの開催にもチャレンジされています。先日も5月13日に豊田市で第1回目のワークショップを実施さればかりです。その際に実施したワークの体験し、その体験をもとに参加者と共に自分自身の気づきや学びを対話する時間をもちました。

 

 加藤さんのキャラクターもあってか、終始笑いが絶えず、ポジティブな雰囲気に包まれた時間でした。中でもとても興味深かったのは、「私の短所を長所に変えたいやき」です。「変えたいやきカード」という市販されている「たい焼き」の形のカードを使って行います。表面には例えば「ずうずうしい」といったネガティブなワードが書かれていますが、裏には「押しが強い」とポジティブに言い換えたワードが書かれています。参加者は自分に当てはまると思うカードを引き「私の短所は〇〇です」と言います。自分の対面に座っている人に裏面に書かれているワードを入れて「あなたって、☆☆ですね、とっても素敵!」と言ってもらいます。とてもシンプルなワークなのですが、他者に言い換えてもらうこと、そして「とっても素敵!」と言ってもらうことは、思いのほかうれしく、納得感がありました。私ってちょっと素敵だなと思えてくるから不思議です。加藤さんの魔法にかかったような、とても気持ちのいい時間でした。

 

 普段私たちは自分自身のポジティブな面よりもできていないこと、苦手なこと、弱点などに目を向けがちですが、実はかけがえのない人間であり、大切な存在であることを忘れてしまいます。こんなシンプルでかわいいカードを使うだけでも、自分自身に向き合い大切な存在として自分自身でいたわることは、本当に大切なことだと思いました。みなさんもぜひ身近な方々と体験してみたらいかがでしょうか?


2018年4月28日|

今年のTグループ

今年のTグループは、オブザーバーのお申し込みが多く、第8回~第10回まで既にキャンセル待ちの状態となっています。大変ありがたいことですが、参加者の方が今一つ集まっていないのが悩みの種です。

 

Tグループに参加したいと言ってくださる方もありますが、なかなか5泊6日間お仕事を休むことがとても大変とのお返事をもらうとそれ以上に勧められないもどかしい気持ちになります。そんな私も看護師だったころは、なかなか休みをもらうことができませんでした。自分一人が1週間も休むことにとても抵抗感があったのです。みんなは忙しく働いているし、旅行とは違うけれどTグループに出たことですぐに何か職場に成果として還元できないと思っていたから、なかなか休みの申告をすることができませんでした。

 

 今思うと、周りのせいにしていたけれど、自分の覚悟がなかったのだと思います。そして、人のことを気にしすぎていたこと、他者からの評価が気になっていたからと、仕事仲間を信頼していないかったことに気がつきました。
思い切って長期の研修に出てみると「今回はどんな研修だったのですか」とか「今度はどこに行ったのですか」と後輩から聞かれて、自分が思うほど休みを取っても大丈夫なのだと思うことがありました。

 

 Tグループに出るまでには、それぞれの人の都合があるのだと思います。また、その方のおかれている立場によっても違うと思います。それでも、Tグループに携わる者としてこの6日間は、参加することで必ず自分の人生と社会を豊かにすることは間違いがないと思っていますので、皆さんも是非体験してほしいと思っています。そして、JIELと共に誰でも心豊かに生きられる社会を目指してほしいと思います。


2018年4月21日|

ラーニングカフェfor CHANGE 2018始まりました!

 「ラーニングカフェfor CHANGE」は、一般社団法人化した2015年から始まり、今年度で4年目を迎えます。広く市民に対話の場を開放し、参加者同士の関わり・交流から、少しずつではありますが、参加者自身の変化や新しいつながりが生ま始めています。昨年度から私がカフェマスターとなりました。人数に多少の変動はありますが、毎月10名程度の方が参加しています。今年度も第1回目を4月20日(金)に開催し、13名の方が参加してくださいました。

 

 今年度は、毎回参加者の方から話題提供者を決め、最初の20~30分程度、ご自身のテーマで話題提供をしていただきます。その後、その話題を元に対話を展開しく、という方法を取ります。第1回目はカフェマスターの岡田が話題提供者となり、私の本職である「精神保健福祉士の仕事」というテーマで話をしました。精神保健福祉士は国家資格化されて約20年。全国に約8万人の登録者がいるものの、知名度が低く、その仕事の意義から考えるともっと有資格者が増えるべきだと考えています。まず参加者のみなさんに精神保健福祉士の仕事を知っていただき、参加者のみなさんがお住まいの地域でも広めていただくこと、活用していただくことを目的として、対話の時間をもちました。

 

 参加者の大半の方は、精神保健福祉士の存在をご存知ではありませんでした。当事者だけでなくその家族もケアもしてもらえるのか、独立して開業しているPSWはいるのか、精神科にかかっていない人は相談にのってもらえないのか、などたくさんの質問があがり、関心をもってくださったようです。精神保健福祉士をどう活用できるか、というテーマで対話をしましたが、本当に困っている人、相談したくても敷居の高さや怖さから相談に行けない人などと精神保健福祉士をつなぐものが必要であるという話になりました。そもそも、普段から地域住民同士が、いつでも声を掛け合えたり、気にかけ合えたりする関係性の構築が大切なのかもしれません。精神保健福祉士についてこんなにも真剣に対話をしてくださる参加者のみなさんに私は胸が熱くなりました。


2018年3月25日|

無知、後、知

 先日、いつもプールでお会いする私よりも年配のご婦人にいわれました、「どうしたらもっと上手に泳げるようになるか、教えてください」。
 誰にも教わったこともない我流の泳ぎをしている私に突然いわれても教えるなんておこがましいとの思いがわいてきて、「あの人に聞いてください」とこれもよくプールで会うきっと若いときには水泳部だっただろうと思う顔なじみの人を指さしました。

 

 シーズンオフになると、プロ野球のOBがゲームをやったりするのをテレビで見ることがあります。あの大活躍した選手がバットを大振りしたり、ふわっとしたボールを投げたりするのを見ると、年を取ると体力は落ちるものだな、と思います。たとえば自分では昔と同じようなスピードでジョギングしているつもりなのに、若い女性にあれよあれよと追い抜かされていく様は、自分の体力の衰えを実感し、頭の中では以前と変わらないでいると思っていることとのギャップに直面せざるをえなくなります。
 ただ、水泳は少々違うように思っています。もちろん体力の衰えが影響しないわけではないけれど、水泳はいかに体力を消耗せずに泳ぐか、というところがある。競技にでるような速さを競う泳ぎであれば別ですが、泳ぐことを楽しむということであれば、水泳は年をとってもなお成長できるスポーツのように思います。いかに水の抵抗を減らすか、それは水中で自分の身体を地面と平行にさせられるかということで、どの体勢のタイミングのときに手でかき、バタ足をするか、そして以下に水の中でリラックスしている自分でいられるか、その試行錯誤の繰り返しをしながら上達していく、だから年を重ねてなおうまくなっていっていると実感できるスポーツと思っています。

 

 今、グループプロセス・コンサルティング講座に参加しています。グループプロセスだからグループで起こっていることを扱おうとします。で、グループプロセスってなんだろう、と思う。なぜグループプロセスを扱うのか。それを取り上げることでなにが期待できるのか。おとといから始まって今さらながらそんな問いかけが自分に向けて起こります。それをコンサルタント役としてグループにかかわるので、やりながらのまさにトライアンドエラーです。
 3日目の朝に思うこと、きっとそれは無知であることなんじゃないか。

 

 そこそこの年になり、今あれをやってもとか、今さらこれを始めてもとか、自分の年を兼ね合いに自分を値踏みしている自分がいます。
 88歳の最高齢で博士号ととった人の記事が載っていました。自分に対して無知になる。ジョハリの窓でいえば、unknownの世界はミステリアスであり、unknownであるからこその自分への期待も高まる。それはたぶん、年をとったからゆえの削ぎ落されて見えてくる、感じ始められる世界のように思います。


2018年3月3日|

言う。話す。語る。

 “わたしたちは見ているものを語っているのではなく、語っているものを見ている”

 

 社会構成主義をひとことで表すフレーズとして私にとって一番すんなり入ってくるものです。ここで“語る”ということばが、私には大切なように思っています。
 たとえば“語る”を“言う”とか“話す”に置き換えてみます。

 

 “見ているものを言っているのではなく、言っているものを見ている”
 “見ているものを話しているのではなく、話しているものを見ている”

 

 “言う”と“話す”と“語る”。それぞれの語尾に“合い”をつけて考えてみます。ここからのことはあくまで私見であり、誤解を恐れずに述べます。
 “言い合い”。自分の思いや考えや気持ちなどを他の人がいるいないにかかわらず、いたとしてもただ一方的に放っている、という印象です。
 “話し合い”。複数の人がいて、なんらかの目標や目的に向けて、結論や結果を出そうとそれぞれの人が自分の考えや意見を出している、そこには相互のやりとりがある、という印象です。
 “語り合い”。自分の考えや思いや気持ちを吐露し、相手もそれに影響を受けたりしながら自分のことを吐露する、それに触発されたりしてまた自分も自分のことを表に出す、という印象です。

 

 Tグループのことを思うと、“言う”と“話す”と“語る”が現れているように思います。それはどのタイミングで現れるのか、決まりや流れはないでしょうが、そのグループの状況や変化によってそれぞれが現れたり、現れなかったりしながらグループは進んでいくような気がします。
 私たちが語っているものを見ているとするならば、グループの中の一メンバーとしてそこにいる人が語ることで見る世界、そしてそこにはメンバーそれぞれが語ることで見る世界があります。つまり世界はメンバーの数だけある。
 そうやって一人ひとりが自分を語り、そうすると他の人も自分を語り、それぞれが語り合うことが起きます。それは一人ひとりが語ってみている世界が、語り合うことを通して共有する、あるいは共通の世界を見ることになっていくのではないだろうか。そうであるとすると、私たちは語り合うということにより私たちの私たちとしての世界を創造していくことができるのではないか。私が語っているものを見ている世界は、私たちが語っている(語り合っている)ものを見ている世界になる(なりうる)。

 

 手前味噌かもしれませんが、Tグループはそのプロセスを学べる場なのだろうと思います。プロセスの学びはTグループを離れ、日常においても活かされていく、そうしたことが期待されているのではないか、と思っています。


2018年2月24日|

Tグループ、1週間後の雑感

 本当は2月に行われたTグループの間にアップできたらよかったのですが、Tグループが終わって1週間の今、ここにあげてみようと思います。Tグループに参加された方も、Tグループに関心や興味がおありの方も、はたまたTグループってなに?という方も、だから何?といわれるかもしれませんが、お話しします。まぁ聞いてやってください。Tグループのスタッフは何をしているのか、のお話です。

 

 今回の2月のTグループの例です。私たちスタッフは前日の16時に集合します。なぜ前日に集合するかというと、それには深い意味がある、と私は思っています。
 まず、スタッフルールで環境と整えます。事前にクロネコヤマト便で2個、多いときですと3個、清泉寮に送ります。その中身は全体会で使うだろう(使わないかもしれない)さまざまな文具や素材であったり、夜のつどいで使うかもしれない音楽だったり、ブルーシートやコーヒーメーカーであったりします。それを開梱しクロネコ便で運べず、車でいっしょに運んだプリンター、パソコンから茶菓の類までを車からおろし、スタッフルームで開き、セットします。そんなこんなで時間は18時になります。
 夕食後、集まったスタッフでプレスタッフ・ミーティング(プレスタミ)が始まります。旧知の人もいれば初めての人もいます。チェックインをしながら関係性をつくっていきます。それから今回のTグループのねらいをつくっていくのですが、2月の場合は相当の時間があてがわれました。19時にその話し合いが始まり、ねらいが定まったのは23時に近かったと思います。それはとても大切な時間だったと思います。もともと知り合っている人同士であってもこの時に会うのは、その時です。互いの思い、互いの気持ちが融け、自由さが増し、思いを共通のものにする時間。今回はそのために23時ころまで有しました。私個人としても今回ほど時間をかけてひとつのものにしていく過程を経験したことはなく、幾分萎え気味なところがあったのが正直なところですが、しかしだからこそスタッフがチームとして生成していくためには十分必要、かつ大切な時間だったと思います(その中で萎えている自分が恥ずかしいです)。
 それでその日が終わりではありません。参加者の情報、それに基づくグループ分け、居室の決定、翌日の予定と役割の決定、全体の見通し、初日の日程、担当者の決定など、決めていると24時を過ぎていました。
 Tグループ初日は9時からミーティングが始まります。参加者の皆さまの受け入れ、セッションルームやハンターホールの設定、お迎えの役割決定、参加者の皆さまにお配りするファイルの作成、通路の案内図の貼付など、それぞれがそれぞれで動きながら受け入れ態勢を整えます。そしてTグループが始まります。
 Tグループ初日。できる限り皆さまがTグループ以外のことに気をとらわれないよう、気に留めないでいられるようにするのがスタッフの役目です(私はその期間のすべてがTグループであると思っています)。
 初日の夜のつどいを終え、スタッフは9時30分ころからスタッフルームでミーティング(スタミ)をもちます。参加者の皆さまの状況、全体会や夜のつどいの報告、それぞれのグループのセッションの様子などを交わし、参加者の皆さまのことを想像しながら翌日の予定を話し、決めます。Tグループのセッションを何回もつか、全体会をいつ、どういった内容にするか、といったことを中心に、夜のつどいも含めその担当者を決めます。そうしていると23時は過ぎています。担当者はその後コミッティをつくり、翌日のための資料づくりや備品の用意などをします。スタミは23時過ぎに終わりますが、コミッティはこの準備をしてその日を終えますから、遅いときですと1時や2時になったりします。
 この2月のTグループを見ると、スタッフで当日に風呂に入った人はほとんどおらず、ほぼ全員が翌朝に風呂に入ったようです。確かに寝る前に一杯やっている、という時間もあったのですが、スタッフの中にはQPゴールドを飲んでいる人もいました。確かに体力勝負のスタッフだったように思います。
 こんな日が終了日前日まで続きます。最終日は今度は梱包し、発送のための準備をします。参加者の皆さんを送り出した13時30分後、ポストスタッフミーティング(ポストスタミ)をし、当日のこと、その回のTグループ全般のことを出し合い、およそ15時過ぎに解散となります。
 私はここでお伝えしたかったことは、スタッフが懸命になってTグループに向けて取り組んでいることを訴えたいということではありません。スタッフはスタッフのスタッフとしての“Tグループ”をつくるということが求められているのではないか、と私は思います。それは集まったTグループのスタッフがTグループを生成し、形成していく、その中でスタッフ間のやりとりやかかわりを通してスタッフとしてだけではなく、Tグループ全体の一メンバーとして参加者の皆さまとともにこのTグループを成していく、その起点と経過と終焉の中にいる、そこにスタッフの成長があり、グループを成長させていく一メンバーとしてのスタッフのありようがある、そう思っています。


2018年2月21日|

部下育成に必要なコミュニケーションスキル研修

2月17日に東海記念病院で表題の管理者研修を行ってきました。
朝の8時30分から16時30分まで1日の研修です。昨年、この研修がJIELに依頼があり、私が担当することになりました。
看護部長様と看護部の担当者様とお二人で当研究所に来て打ち合わせをさせていただきました。
管理者の方々に是非「お互いの価値観を大切にしたコミュニケーション」をしてほしいとの要望を受けて下記のプログラムを考えました。
津村所長も交えての相談と最終プログラムも監修をして頂き今回の研修に至りました。
研修当日は、道に迷い研修開始時間のギリギリに到着するというアクシデントがあり焦りましたが、1日を大変楽しくさせていただきました。
研修が終わり、すぐに参加者の方が「以前からこのような人間関係トレーニング」に興味があり学びたいと思っていたところだったと言われたことや、
今回の参加者の中に南山大学の卒業生がいらして、この研修をしたことで意外なスタッフのニーズや関係性がわかり、院内での結びつきが広がることを経験させていただきました。
個々のスタッフがどのような思いやニーズ持っているかは、通常の業務や仕事の中だけではなかなか把握しずらいと思います。
ところが研修をすると「普段の様子とは違う側面を見つけることができました」との感想を頂くことがあります。
いつも「コンテント」である仕事や課題の中では、見せることができない一面も「プロセス」に光をあてることで普段見せることのなかった一面がにじみ出てくることがあるのだと思います。
これも、ラボラトリー方式の体験学習のメリットだと思います。体験学習を通じて、その人に真実の姿が垣間見えるのではないかと思います。
そして、「コンテント」に光が当たったり、「プロセス」に光が当たったりと、その時々に様々角度から光が当たることで、一方向からしか観ていなかったその人の良さが見えてくるではないかと感じました。
今回は、この研修を受けた後に現場での実践を持ち寄ってのフォローアップが待っています。三か月後のフォローアップ研修が今から楽しみです!
<実施プログラム>
8:30 あいさつ、オリエンテーション
    チェックイン、小講義「体験から学ぶ」「コンテントとプロセス」
9:15 実習「5人のツアーガイド」
    小講義「人間関係(コミュニケーション)と価値観」
11:50 昼食・休憩
12:50 実習「なぞのマラソンランナー」
    小講義「コミュニケーションについて」「グループ・プロセス」
    実習「ナースをさがせ」
    小講義「フィードバックの留意点」
16:00 自己の課題「今日一日のふりかえり」と「私の学びと現場での取り組み」
16:30 終了
    
  


2018年2月17日|

Tグループ 2月清泉寮

 2月10日から15日までの5泊6日間。前泊するスタッフは7日間の清泉寮で行われた第7回Tグループが“無事”終了しました。“無事”といったのは、事務局として参加した私にとって参加された皆さんが特に大きく体調を崩されることもなく、清泉寮本館前から送迎バスに乗って清里駅に向かわれたことをいっています。

 

 今回のTグループは寒い時期である2月の開催というなかで、清泉寮ハンターホール棟は止水されているためにボイラーが働かず、部屋の暖房は石油ストーブ、清泉寮の方に毎朝水のタンクを4つ運んで用意していただくという過酷な状況でした。寒さを訴える人もいてなんとかストーブを増やしたり、増やせば増やしたで灯油臭くて頭が痛くなり、CO₂検査機がセッション中になりだしたり、飲んだコップを洗うことができなかったり、トイレはアンドレ棟まで行かなければならなかったり、と過酷な状況の中で13名の皆さんと生活を共にした6日間でした。
 私は事務局でしたのでほとんど参加者の皆さんと話す機会はありません。話す機会はないのですが、事務局であるということで皆さんの様子や状況は常に見ておく必要が求められます。とはいうものの、セッション中は見ることはありませんので、全体会のときや食事のときがその任務を遂行する時間となります。レストランでは同じテーブルにすわった人、とはいっても隣か正面にすわった人くらいしか話すことはできません。話はしますが清泉寮のレストランの窓から眺められる景色、出される食事、私の無理やり笑わせようとするダジャレくらいの軽い話です。
 私としてはTグループのセッションという多少なりとも緊張を強いられる時空間の後に少し気分を切り替え、リラックスし、クスッとするくらいの笑いができて次のセッションに新たに向かっていってもらえたら、という気もちをもってかかわりたいと思っていました。それとともにそうした中で参加者の皆さんお一人おひとりがが今どんな表情で、どんな様子で、どんな体調でいるのかを見て、知っておくというのが私個人の役割という認識をもっていました。

 

 私は食事の時間もTグループである、と思っています。その時に一スタッフとして参加されている皆さんにできることはなにか、を常に考えていたいと思っていました。それはオブザーバーで参加された人、事務局として参加された人に対しても同じです。そして、スタッフとして集まった人たちも私にとっては参加者と同じです。5泊6日、6泊7日のすべての時間と空間がTグループである間、参加するすべての人がかかわったり、かかわらなかったり、動いたり、動かなかったりしながら、その人なりの学びを得、ここから新たに旅立っていく、そのファシリテーションをするのが事務局としての私の役割と思っています。

 

 最終日にアンケートをお願いしています。アンケートにはとくに事務局について書かれていることはありませんでした。ちょっとさびしいというのが本音にはありますが、でもそれはほんとうにうれしいのです。

 

 雨にもまけず 風にもまけず 雪にも夏の暑さにもまけぬ 丈夫なからだをもち 欲はなく 決して怒らず いつもしずかにわらっている (中略) あらゆることを じぶんをかんじょうに入れずに よくみききしわかり そしてわすれず (中略) ひでりのときはなみだをながし さむさのなつはオロオロあるき みんなにデクノボーとよばれ ほめられもせず くにもされず そういうものに わたしはなりたい  宮沢賢治「雨ニモ負ケズ」


2018年2月12日|

清泉寮Tグループ3日目

 Tグループの3日目が終わろうとしています。
 清里の地は山梨県でも最西端に位置し、となりはもう長野県です。清里の地にある清泉寮。日本におけるTグループのメッカといってもいいかもしれません。日本におけるTグループの歴史は60年にもなろうとしていますが、その変遷は山あり谷あり、今は絶滅危惧種とさえもいわれているほどです。
 今回のTグループはJIELでは7回目で、13名の方の参加、オブザーバーが2名、事務局ワークに応募のお一人、そしてトレーナー(ファシリテーター)4名、事務が1名の総勢21名で2月10日にスタートしました。
 Tグループとはなにか。なぜ私たちはTグループをし続けようとしているのか。
 私はそれはTグループが生き物だからだ、と思っています。Tグループが生きているからだ、と思っています。

 

 私という一個の人間は、おぎゃーと生まれた途端に自分自身と自分自身以外との関係の中で生きていくことを運命づけられます。そして、生命体としての持続が維持できなくなると、その終焉を迎え、そうした関係からも解き放されます。人の一生は関係で始まり、関係の終息で終わるといってもいいでしょう。その中で私たちは人一人ひとりがさまざまな体験と、それにともなう喜び、悲しみ、苦しみ、怒りといった感情とともに生の層を成していきます。その体験は人それぞれで異なる。体験したことにともなう感情もまた、人によって異なります。
 私たちのほとんどはおそらく豊かで、実り多い、幸せな人生を送りたいと思っている、と思います。人生の豊かさとは何か、実りの多い人生とは。幸せに生きるとはどういうことか。
 人として生を受け、人として死んでいくのであれば、その間は私という一人の人間が自分の生をどうつくっていくかにかかっている。自分の生きざまが自分との関係や自分と自分以外との関係に大きく影響を受けるとするならば、その関係がなにを生み出し、自分という人を人たらしめるという意志と責任を自分自身が背負う覚悟が必要となる。

 

 その生き方は他の人にとっても関係として生じ、その人の生きざまを生成していく。私たちはそうした相互の関係の想定しきれないことにも巻き込まれ、組み入れながらその人の生と成していく。
 人が人とかかわり、人と交わり、人と人びとがこの世界をつくっていく。そうしてつくっていく世界が私の人をつくっていく。私たちはどんな世界をつくるのか。どんな未来を創りたいのか、それは「わたし」のしあわせのために、しあわせの生の終焉と永遠の生のために。

 

 清里の天気は晴れ。最高気温は3度、最低気温はマイナス4度。天気でさえもコントロールできない私たちは、コントロールできないなかで精いっぱいの私を生きる、生きようとする。それがわたしをわたしたらしめるとしたら、清里の天気でさえも私たちが生きる糧となしえる。

 

 3日目の夜。今日もワインを飲める幸せ。


2018年2月2日|

カラス、なぜ泣くの?

目立つのは不動産屋とピザ。その他は寿司とかファミレスの宅配か、近所にできた喫茶店とか美容院とか。そんなチラシがほぼ毎日、しかも朝起きて郵便箱を見るとまず入っている。ということは、朝早くに入れられている、ということ。近所の家をみると、「チラシお断り」といった札が貼ってあったりするけれど、あれはどこかのホームセンターで買ってきたんだろうか。チラシお断り、としたいけれど、朝早くからポスティングしている人も1枚いくらで収入を得ているわけで、むげにするのもなんだか心苦しい。かといって郵便箱から引っこ抜いたらそのままごみ箱にいくわけだし、そもそもこんなに毎回ほとんど同じ内容のチラシを配って広告効果はあるのだろうか。少なくともここにこのチラシのところにはぜったい電話しないぞ、と決めている人もいるんだぞ。それにこれほど紙媒体で何度も同じことをすることは資源の無駄遣いではないか。

 

うちもとうとうやられた。カラスの野郎がごみ袋を漁りやがった。これまで一度もそんなことはなかったし、カラスそのものもこのあたりにはあまり出没していなかった。カラスは十いくつかの仲間の声を聞き分けられるそうで、それでどこかの市役所が「こっちに来るな」という鳴き声をスピーカーで流したらカラスが他のところにいってしまった、と聞いたことがある。でもそのカラスは他のところに移動しただけで、そいつらの片割れがうち近辺に現れたのかもしれない。
 ご近所は続々と黄色のネットをあつらえ、ごみをネットのなかにおさめる。なぜあれが黄色なのか、黄色だからといって必ずしもカラスが嫌いな色ではないらしい。実際黄色のネットの外からごみ袋をつついているカラスを見たことがある。ごみ袋をなにかで囲むのがいいらしい。カラスは狭いところは苦手のようで、もしそこに入って羽でも引っかかって抜け出せなくなるといけないと思い、近づかないそうなのだ。それだったら段ボール箱の上と下を開け、その中に入れておいたら、とも思ったが、そうするとおそらく段ボールごと収集車にもっていかれてしまうかもしれない。これはいいと思ったのは、スーパーで買い物をするときのかご、あれを二つ用意し、ひとつにごみ袋を入れ、その上からかごをひっくり返してかぶせる、というご近所さんの家の前で見たアイデア。それはいいけれど、かごはいる。
 どうしたものかと思っていたら、カラスは視覚でものを判別するらしく、ごみ袋のなかのごみをなにかで包んでしまえばカラスは見えないので大丈夫、という記事。そこで出てくるのは、不動産屋とピザ。場面や状況が変わると価値や意味が変わる。場面や状況や環境や、自分の考え方やものの見方を変えれば、価値も意味も変えられる。

 

 今となっては郵便箱にチラシが入ってくるのが待ち遠しい。はてカラスが苦手なのは不動産か、ピザか、はたまた宅配寿司か?カラスに聞くしかないが、聞いたところでたぶん「カラスの勝手でしょ」というにちがいない。
 


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