スタッフブログ

2016年12月1日|

自己をならうというは

 歳をとったなあ、と思わせることにこの歳になるとたびたび出くわします。
 飲んでいたとき、骨付きのでかい肉の塊が出てきました。「はじめ人間ギャートルズだ!」といったら、「なんですか、それ?」といわれた。えっ!ギャートルズ、知らないの?テレビ、家になかったんじゃない?とうそぶく。
 学生のころ住んでいた街を何十年ぶりかに歩く。通っていた銭湯や大衆食堂は今はなく、えっ!まだあったの?と古い下宿先の2階の窓にかかったカーテンを見上げる。
 新聞を開く。死亡欄や会葬のお礼の文字に目がいく。
 ちょっと痛いところやぷっくりふくらんだところに気づいて、えっ!ガン?腫瘍?
 最初にトマトとか野菜から食べ始めたほうがいい、とか話がいつの間にか健康や病気の話になっている。
 勤めていた会社で同期だったヤツの喪中はがき。これは泣けた。なぜか泣けた。

 

 髪の毛や、皮膚のシミやしわや、肉体の変化はそれを取り繕おうとしても真実を覆い隠すことはできず。あれやそれということばが増え、この人の名前なんだったかな?と目の前にいる人がだれだったかわからなくなったりする。
 道元禅師はいいました。

 

 自己をはこびて万法を修證するを迷とす、万法すすみて自己を修證するはさとりなり。
 (いろんなことを考えているこの小さな自己をもっていって、万法の中で価値判断をするというようなことは迷いだ。自分の小さな考えをもっていて、ああでもない、こうでもないと、いろんなことを批判しながら生きていかなければならないような生き方が迷いだ。そうでなくて、外の姿に催されて、万法が自分を運んだくれるのだ-余語翠巖(1990)「自己をならうというは」地湧社)

 

 余語翠巖さんがいうには、自分というものがあったり、仏道というものがあったり、迷いというものがあったり、悟りというものがあったりというように、二つずつ並べてどっちがどっちという世界ではない。二つあれば、それが迷いだ。二つあるから迷うのだ。一つなら迷いはない。
 人も、物も、すべてが移り、変わっていく、来し方行く末の時間軸の中で、まるごとの存在がある。
 あるテレビ番組で残ったことばがあります。
 「運命ではない。運命にするのよ」

                 


2016年11月21日|

玄関のシャコバサボテン

私の家の玄関には、シャコバサボテンがあります。
いつからあるのかも忘れてしまった。
でも、このシャコバサボテンが律儀に花をつけてくれる。
もちろん、咲いてない時期の方が長いのだが、
さして手入れをするわけでもなく、ひどいときは水遣りだって怠っているのにである。
だから何となく、長年我が家の玄関にいて、他のものに場所を奪われていない。
そして私にとっては、愛しい(ちょっと大袈裟)存在になっている。 

こういうのっていいなと思う。
いつも気にしてあれこれしなくても、何となく存在は感じてもらえて、
そして時々ちょっと相手を癒したり、喜ばせたり。

シャコバサボテンは、時々葉(?)を黄色くして節目でぽろっと落ちる。
その時は、もう少し気にかけなくっちゃと思うのだが・・・

またもう少しで、花が咲きそうだ。


2016年11月2日|

霜月-1年の剪定

 植え木の剪定に来てもらいました。といっても専門の業者、というのではなく、ここ数年シルバー人材センターから派遣されてくる人に頼んでいます。
 剪定というものはどうやって値段が決まるのかわからずじまいで、業者のいいなりのようなところがありました。3年前、なにかの拍子でシルバー人材センターに電話を入れたら何日か後に家にやってきました。見積もりを出す、とのことです。
 話を聞くと、木の本数や種類によって値段が異なるそうで、その場で見積もってくれました。値段としては手頃ということもありますが、見積もりの積算がわかることが安心につながります。
 例年は2人で来るところですが、今年は都合がつかないみたいで1人で来ました。話をすると高校の先輩であることがわかり、そんなこともあってこの3年はその先輩がやってきます。
 彼はなかなかおもしろい経歴の持ち主です。教育系の大学に行き、教員になりました。5年経ったころ、今でいうモンスター・ペアレントとやりあい、退職。その後、大手メーカーに奉職し、定年まで勤め上げる。定年後に職業訓練校に入り(授業料は無料)、剪定の勉強をし、今に至る、ということです。
 経済的に困っているので働き続けている、という印象をもちません。おそらく庭いじりが好きで、身体を動かすことを厭わない、収入は二の次、という印象です。だからといって手を抜いているようには見受けられないし、手際よく庭に生えた草も抜いていってくれます。そして「ここは1月ころになったら根にカリウムの入った肥料をやったほうがいい」とかアドバイスをしてくれます。伸びすぎたガクアジサイも芽を残して適度にカットしてくれました。

 

 小さい庭ですが、1年も経てば枝は伸びる、葉は茂る、草は生える、と見た目も雑な感じを受けます。たぶん自分の心も1年経ってあちこちにほつれや雑さが現れていることだろうと思います。どこの部分を、どこまで、どのように剪定するか、自分自身に鋏を入れることはなかなかむずかしいことです。雑は雑であってもそれなりに味があるともいえそうですが、荒れていてそれに気づいておらず、麻痺でもしているとすると、心はすさみ、病んでいくような気がします。
 これから年末に向けて寒さが深まっていきます。寒くなるほど鋏をもつ手も鈍くなる。でも、ちょうどこの時期に剪定をするのは、冬を迎え、寒さに耐え、それを力に変え、春につなげるための準備なのかもしれません。


2016年10月22日|

第5回体験学習実践研究会「リストラティブサークル」

 「そんなに簡単に人は変わらないよ」と言われたとき、私は「そう思いますか?意外に人って変わるものだと思います。視点を変えたり、考え方が変わったりすると、行動が変わりますから」と答えました。

 

 アサーション・トレーニングやマーシャル・B・ローゼンバーグのNVC(Nonviolent Communication)と出会って、言葉をどのように使うかによって自分の見方が変わり、相手に対する見方やその場で抱く感情にも変化があることを知りました。それは新しい理論や方法を知り理解することで、それまで自分が抱いていた疑問が晴れて、自分が視点を変えれば、自分の見ている世界を変えることができるのだと気づいた瞬間でした。

 

 私にとってアサーションやNVCは、今の自分の考え方やモノの見方に欠かせないものです。とはいえ、攻撃的な言葉や評価的な見方に直面して怒りを覚え、反発して、自分も攻撃的な言葉で反撃し、相手を評価することもあります。「これはスゴイ」と思う理論や方法に出会うと、それが「できる人」と「できない人」に気づく評価的な見方が働き、個人の中にも、対人間にも葛藤が起こります。「できる人」、「できない人」ではなく、正確には「できる場面」、「できない場面」で、誰にでも攻撃的に相手を責めたり、自分を責めたりすることはあるのですが。「できる」を「正しい」、「できない」を「間違っている」と置き換えるとさらにわかりやすいかもしれません。今の社会ではよくあることでしょう。

 

 「できない」と批判・非難が飛んでくる現代のあり方を踏まえて、「誰もが攻撃的になることなく、自分や相手の存在を受け容れられるコミュニケーションの仕組みをみんなでつくっていこう」というのが、本日13:30~ JIELで開催される第5回体験学習実践研究会でご紹介する「リストラティブサークル」です。リストラティブサークル・ジャパンの長田誠司さんに話題提供していただきます。さて、どんな内容になるでしょうか。私も楽しみです。

 

第5回体験学習実践研究会:リストラティブ・サークル(RC)の理論と「聴く」ことの力


2016年10月1日|

玉ねぎは、富士の裾野の名産品(!?)

 居間の電球が切れたので近くの家電量販店に行くことにしました。その店は2階にあり、1階はスーパーマーケットです。
 スーパーを覗くと段ボール箱に山ほどの玉ねぎが。200円でビニール袋に詰め放題です。ビニール袋に手が伸びました。袋に玉ねぎをひとつ、ふたつと入れ始めます。
「はじめに袋を広げないと」
ととなりにいたおばあさんが袋の中に両手を入れ、伸ばすしぐさをして教えてくれました。なるほど!と思い、入れた玉ねぎを戻し、破れない程度に袋を広げます。ひとつ、ふたつ、みっつ、・・・。いつつでいっぱいになり、もう入らないと思ったら、袋が取り上げられました。
「旦那さん、奥さんにたのまれたんだろ」
旦那さん - 久しく聞かないことばに、旦那さんは電球を買いにきただけで、奥さんに頼まれたはずもなく、たまたま200円詰め放題に気が引かれただけで・・・。おばあさんはさらに袋を広げながら、「丸いのはだめ。先のとがったもの、もってきて」と。結果、ななつ(!)。

 

 9月17日から21日までTグループ・ファシリテーター・トレーニングがありました。参加された人は全部で8セッションの間に2回のTグループのトレーナーを体験する、それを参加した他の人からフィードバックをもらう、という内容です。参加された皆さんはすべてTグループを体験されていますが、トレーナー体験は初めての人がほとんどです。2回のチャレンジのなかでペアの人とどんなふうにしていくか検討をし、セッションに臨む、自分たちの役割が終わり、フィードバックをもらってセッションが終える、終わったのにその後もふたりになり、互いに語り合う。その語り合う時間が日を追うごとに増えていく様子を見ます。
 スタッフとして私もフィードバックをするひとりです。時間とお金を使ってここに来ている皆さんにできる限りのことはしたい、たくさんの学びを持ち帰って日常にいかしてもらえたら、そんな思いがあります。
 私は良かれと思い、袋を取っていないだろうか。ビニール袋を無理に広げようとしてはいないだろうか。玉ねぎをできる限り多く詰め込もうとしていないだろうか。丸い玉ねぎでなく、とがった玉ねぎを詰めようとしていないだろうか、今はいつつで十分なのかもしれないのに。

 

 「せめてお名前を」と聞いても「名乗るほどの者ではありません」と答えるだろうおばあさんは、振り向くことなくレジに向かっていきました。
 あれから1週間。我が家にはむっつの玉ねぎがねむっています。


2016年9月27日|

秋期開講「実践 人間関係づくりファシリテーション」12講

 
今週末から「実践 人間関係づくりファシリテーション」秋の講座がスタートします。
 
人間関係づくりの基礎となる10のテーマとファシリテーターに必要な2テーマを、12章にまとめた本「実践 人間関係づくりファシリテーション」(金子書房)を刊行してから早3年。これは各章がそのままワークショップとして展開できる内容になっています。
 
今週末から始まる公開講座「実践 人間関係づくりファシリテーション」は、上記の本の1章ずつを1講座として開催します。
http://jiel.jp/programlist/jissen/
 
体験を通して「人間関係づくりのファシリテーション」をともに学びあう講座なので、理論や理屈だけでなく、実際にその場を体験して実践的に学びたい方にお勧めです。
 
今週末は次の2講座です。
2016 年 10 月 1 日(土)10:00 ~ 13:00
第2章「場をつくる」 水野 節子・津村 俊充
2016 年 10 月 1 日(土)14:00 ~ 17:00
第3章「ひらく」 津村 俊充・水野 節子 
※参加費は各講3,240円(税込)。
 
ファシリテーターを務めたり、職場のメンバーやボランティアの方々をリードしたりする機会のある方々にとっては、きっと役立つ体験になるでしょう。
 
詳細・お申込みはこちらから
http://jiel.jp/programlist/jissen/
 
章ごとに完結した講座ですので、日程順でなくとも、ご都合のよい講座からお申込み・ご参加いただければ幸いです。
まずは今週末の講座で、お会いできる方がいらっしゃるとうれしいです!


2016年9月26日|

Tグループ フォローアップ研修

9月11日は、第3回Tグループのフォローアップ研修でした。
 
Tグループが終了してから、日常に戻った時に一人ひとり本当に様々に過ごされていたのだと思いました。
私は、事務局として携わりましたが、午後からのグループワークではBグループの方と一緒に参加させていただきました。
 
グループワークを通じて、Tグループに参加された方々の言葉を聴いて無性に詩にしたくなりました。いつもだったら詩を書くことなんていないのですが、その時は無性に書きたくなったのです。その詩を皆さんにも紹介したいと思います。
 
 
私たちは、時にもがき
     時に立ちどまり
     時に苦しみながら
 
そして、得たものは、今までにみていた風景とは違う。
 
より深く、豊かな人生であった。
 
私たちは、自分をいつくしみ
 
     相手をいとおしみ
 
     お互いを認め合いながら
 
そして、違いの中に影を感じながらも
 
    違いの中に光をみいだし
 
共に生きる道を探していった
 
遠いかもしれない、しかし、その歩みを止めなければ、
 
その道には、必ず、喜びと幸せが待っている。


2016年9月21日|

富士山は見えないけれど

ただ今、台風16号が東海地方を襲っています。
皆様に被害がないことを祈っています。

そう言いながら私は自宅を離れ、富士山の裾野にある帝人アカデミー富士というところで、JIELのTグループ・ファシリテーター・トレーニングをやっています。参加者15名・スタッフ4名で、今は最後の夜を迎えています。
先週の土曜日からの4泊5日(スタッフは1日前から)、学ぶ意欲の高い熱心な参加者の方々に支えられて、充実した学びの時間を過ごしてきました。2つのグループに分かれて、TTS(トレーナートレーニング人ぐセッション)と呼ばれるファシリテーター体験を交互にしていくものが中心の研修ですが、体力的のも精神的にもなかなかハードな体験になります。しかし、その中で自分のファシリテーターとしての学びや気づきを、自らの働きによって多く得られるのも事実だと思います。

そんな固いことばかりでもなく、参加者となるにはTグループへの参加経験が条件なので、同じTグループに出た方も多く、ちょっとした同窓会気分を味わえるのも楽しみの一つです。久しぶりに会った仲間と、4泊5日また充実した時間が過ごせることは、他の機会にはまずないことでもありますから貴重な時間になります。

もう一つ、今回の開催場所は富士山の本当に麓になるので、毎日壮大な富士を見て過ごせるのも楽しみの一つと思っていました。
(なんと1日では書ききれず、研修最終日を迎えてしまいました。現在、皆さんは「気づき・学びのモデルづくり」に取り組んでいます。)
ところが、今回は研修1日前の名古屋からの移動でチラッと見ただけで、5日間全く富士山を見ていません。典型的日本人の私は、こんなに富士山の近くにいて見れないのが本当に残念です。私たちがよく利用している清里・清泉寮から見る富士山は山梨側の富士山。ここから見られる富士山は静岡側の富士山。どちらが良いとは言いませんが、どんな富士山でもその場にいるからこそ見られる富士山を見たいのです。

今回は富士山には出会えませんでしたが、参参加者やスタッフの‟今ここ”の魅力的な姿に出会うことができました。これだけで十分幸せを味わえています。
参加者の皆さん、スタッフの方々、充実した時間をありがとうございました。


2016年9月17日|

置き去りのスーツケース

ある日、名古屋駅で降りて職場に向かっていた時、道の真ん中に置きっぱなしになっているピンクの大きなスーツケースを見つけた。持ち主らしき人は近くにおらず、スーツケースだけがあります。空港を通ったらしいタグやシールがついていたので、きっと海外からの旅行者か海外旅行に行ってきた人のものなのだろう。しかし、人通りの多い道の真ん中にどんと存在しているのは、とても異様な気がした。人々はそれを何もないかのように通り過ぎていく。誰のものかわからないものを勝手に動かすわけにはいかないので、私も心の中はドキドキザワザワしながらそのスーツケースのそばを足早に通り過ぎた。
ドキドキしていたのは、爆発したらどうしよう、なんか怖いな、ということだった。このスーツケースは実は爆弾で、なんらかのテロ組織が意図的に置いたものかもしれない、わざわざ道の真ん中にあるのは、ちょっとでも動かすと爆発する仕組みになっているのかもしれない…今から考えるとバカバカしいほどのことだが、その時はそんな考えが頭をよぎった。(私の想像はまったくの取り越し苦労だった)
こんなことは、人間関係にもあるのかなと後から思った。その人と初めて会ったとき、どこから来たのか、どんな経験をしてきたか、どんな考え方や捉え方をするのか、など、まったくわからないとき、その人が何も話さずただそこに存在しているということは、とても大きな影響があるのだけど、たいていは自分から触れることに躊躇して、平気なふりを装っている。そのうち、自分の中でその人の少ない情報を大きく膨らませて、「きっとこんな人なんだろう」と(たいていネガティブな方向に)解釈してしまう。その人とのかかわりが生まれたら、自分が想像したこととは大きく違っていたり、取り越し苦労だったと思うのかもしれないのに。
自分がただそこにいるだけでも、人にとっては多少なりとも影響がある。そのことを意識して、自分から自分を発信していけたらいい。そんなことを置き去りにされたスーツケースから考えた。


2016年9月7日|

秋のはじまり

 先日倉敷の美観地区をふらりと歩きまわりました。古民家や蔵のある街並みを楽しみながら、興味ひかれるお店に立ち寄ると、つい財布のひもも緩みがちに。 
 ある民芸小物を扱ったお店で、額に入った作品に目が留まりました。どの作品も温かみとユーモラスな絵が印象的な型染絵の作品です。作家は「柚木沙弥郎(ゆのきさみろう)」という方でした。お店ではこの地区と縁のある作家であることくらいしかわからなかったのですが、帰路スマホで検索すると、柚木沙弥郎の公式サイトによれば、1922年に画家の家に生まれ、美術史を学ぶため1942年に東京大学に入学。勉学は戦争で中断され、46年から大原美術館に勤務したとあります。また経歴の中には、和紙に大胆に民芸模様を型染めした暦に出会い、民芸運動のリーダーである柳宗悦の作品を読み始めたり、芹沢銈介のもとに弟子入りしたことが記されていました。そして今でも不定期に展覧会をされているようです。
 芹沢銈介と縁があったことを知って、一層身近に感じられてうれしくなりました。好きな作家とのつながりを知って、懐かしいような、妙に魅かれる気持ちに納得したり。
 私が買ったのは落ち着いた秋らしい色合いをした2羽の鳥の作品です。自宅に帰って早速壁に飾って楽しんでいます。倉敷の街歩きでは、藍の地に、色合いもきれいな曜変天目茶碗が角度を変えて表現された手ぬぐいも買ってしまい、こちらもあわせて飾っています。
 暑かった夏がようやく秋へと移り行くなか、家の中にお気に入りの作品があるとちょっと豊かな気分になります。過ごしやすくなるためか、少し新鮮な気持ちもわいてきて、何か勉強を始めたくなったり、出かけたくなったりします。ふらりとでかけていろんな出会いを楽しんでみませんか?JIELの講座にもぜひお越しください!

 


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