夜行バス

 一昔前にもなりますか、東京で行われる研修に行くことにしました。
 毎週土曜日の終日、それが5回続くというものです。往復が新幹線ではふところにひびくこともあり、行きは前夜発の夜行バス、帰りはやむを得ず新幹線にしました。
 スキーのバスツアーに慣れていたせいか、夜通し走るバスは一向に苦になりません。しかし、朝6時前には東京駅に着き、研修が始まる9時までの時間のすごし方に困りました。
 初めのころは研修場所である水道橋界隈を散歩しました。江戸、そして東京と日本の政治、経済、文化の中心を担ってきた街は、ガイドブックなどを持たなくてもそれなりの歴史と風情を感じさせてくれます。それはそれで楽しい時間でした。
 何回目の時だったかは忘れましたが、思い出したことがありました。夜行バスは東京駅八重洲口に到着します。研修場所に行くには、東京駅から水道橋駅までの切符を買うのですが、その行き方は最短距離でなければいけない、と決められているわけではありません。中央線で行こうが、上野・池袋・新宿と山手線を使い、それから総武線に乗り換えようが、料金が増えることはありません。
 それからは3時間かけて東京駅から水道橋駅に行くのにどのルートが使えるか、時刻表と路線図を見るのが楽しみになりました。
 ある時のことです。某駅で電車を乗り換える必要がありました。ところが、同じJR線の乗り換えなのに駅員が切符を調べています。
 私の順番がだんだんと近づいてきます。別に悪いことをしているわけではないのに、私の心臓は高鳴ります。なにか言われたら、こういおう、ああ答えよう、…。東京駅発水道橋駅行の切符を見せます。時間がゆったりと過ぎる、なにごともなく。
 東京での5回の研修で私に身についたのは、夜行バスでの寝汗、江戸のかおり、東京の路線図、それと小心者の心の汗のかき方でした。