退職

 私は、看護師として29年間働いてきました。看護専門学校を卒業して7年働いたのちに一度は、育児のために退職をして、平成7年に再就職をして現在に至りました。
ふりかえってみるとあっという間でした。今までいろいろな科で仕事をしてきましたが、最後の8年間は、産婦人科病棟で出産から看取りまでという「人の一生」に携わってこれたことは本当に貴重な体験でした。そして、他の科では経験できなかった様々な出来事を経て、看護師としても人としても成長することができたと思います。
 そして、ある患者さんとの出来事は、看護の在り方を考えさせられるものでした。
 その患者さんは、がんの痛みによる苦痛を訴え、何とか苦痛が緩和できるように主治医はじめ薬剤師を交えて鎮痛剤を検討していました。その患者さんは「痛みをなんとかしてとってほしい」ということをいつも私たちに訴えてきました。しかし、実際に麻薬による薬剤の増量を提案すると拒否をされるということがあり、薬剤師さんも私もどうにもできない状況が続いていました。
 ある時にベッドサイドで薬剤増量について話し合いに行くと険しい表情で「鈴木さんは、厳しいのよね」と言われました。その患者さん曰く、「麻薬を増量するたびに、死に近づくようで怖いのよ。でも、痛いのも辛い。自分でも薬を増やしたほうがいいことはわかっているのよ」、さらに、「もっと優しくしてほしいのよ」と言われました。
 その時に、自分はその患者さんのために良かれと思い、薬剤の増量を説明してきました。しかし、その患者さんは、「死への恐怖」にさいなまれており、そのことをわかっていないことに気づきました。
私は、表面的なことしか、見えておらず、心の奥深くで苦しんでいる声を聴いていないことを実感しました。その後、その患者さんとは何度も話し合い、信頼関係を深めていくことができました。最後に「鈴木さんが担当でよかった」と言ってもらえたことが何よりうれしくて、その方の最期まで看護させてもらえたことが私の貴重な学びでした。
 これからは、看護師として働くことはないですが、今ままで看護の世界で経験してきたことを今後に生かしていきたいと思います。