桜の一枝

先月のブログでも書きましたが、今月から母親と同居しています。

実家のある浜松を去る前は、近所の人やお世話になった電器屋さんなどたくさんの人々が家にやってきて、母にお別れの言葉を伝えていました。半世紀くらい生活をしていた場所を離れるわけなので、さぞかし寂しく、感慨深いことだろうと思っていましたが、案外あっさりしており「もう思い残すことはない、すっきりした。」と話し、母はやっぱり強いなぁ…と感心しました。そして名古屋に向かう前に、お寺にお墓参りとあいさつをしに行きました。和尚さんは外出していたのですが、奥さんが出てこられ、お庭にあった早咲きの桜の一枝を手折ってきてくださいました。実に可憐に一輪だけ咲いていました。「(桜が)今日を待っていたみたいですね。きっと幸せになりますよ。」とおっしゃいました。なんて美しい言葉を使われるのか…と感動しました。何よりのはなむけの言葉でした。

名古屋に来てからの母は、地図をみながらあちこち歩き回っていて、実に楽しそうです。かくいう私も、仕事から帰って夕食ができていると、本当にありがたく、幸せをかみしめています。やはり家族はいいものです。