醸し出されるものの時期
読みたい本、読もうとする本と本の狭間の時があります。あるいはその類の本は今は見たくもない、という時。
本棚を探ってみると、もう何年も前に読んだ本が目に留まりました。
「皆さんの周囲にはいろいろな人がいるが、だれでも長所と短所がある。皆さんはその多くの周囲の人たちの長所を見ることに努力していただきたい。短所は、まあ見ておく必要もありますけれど、あまり骨を折って見なくてもよろしい。そして、甲君の長所はこういう点や、乙君の長所はこういうところや、じゃあ甲君に対してはこの長所を伸ばすように協力しよう、乙君の長所にはこういうところに協力しようというような事柄に興味がわいてくる。そしてその人に対してそういう行動をいたしますと、皆さんの周囲が非常に明るくなってくるし、非常に成果があがってくると思うんです。同時にまた周囲の人が、皆さん自身の長所というものに協力してくれるようになる」
びっくりしました。1962年のことです。松下幸之助がおそらく松下電器の社員に向けて話した講話だと思います。
今でこそAI(アプリシエイティブ・インクワイアリ-)などポジティブなアプローチが広まり、私などはそれをすんなり受け止めていますが、1962年といったら日本のバブル期よりずっと前の話です。別の本でも彼が、同じ時期に「これからは心の時代や」といっていたフレーズがあったのを思い出します。
「百の国があれば百の花が咲く、みな花が違う。みな花が違うが、しかし花としてのそれぞれの趣がみんな味わえる、鑑賞できる。しかもその花が相交差して咲いて、非常な錦を織りますというような、見事なものになってくるところに、私は世の姿というものがあるのではないかと思うんです。(中略)いろいろの形のものが相調和して、そこにさらにより高き美を生み出すところに、ほんとうの美というものがあるのではないかと思います。」
同じ本に1958年の講話が載っていました、「私は同じものが二つないというように、世の中がつくられていると思うんです。そこにそれぞれの特色というもの、個性というもの、それぞれの使命というものがある。そういうものが相交差して社会を形成している。そこに社会美というものが見いだされるわけです」と締めくくられています。
何十年も前にこの本を読んだときには、それほど心に残っていなかったのでしょう。すっかり読んだことは忘れています。松下電器はこういう考えをもった人がいて、いやいたからこそ成長できたのだろう、と思います。長い年月をかけて熟成され、絞り出された醤油のような、コクのある味に浸った気分になりました。今、出会うべき時に出会う本があります。
出典:松下幸之助(2010)「人生と仕事のついて知っておいてほしいこと」株式会社PHP研究所