愛燦々と
「雨 潸々(さんさん)と この身に落ちて」と美空ひばりが歌ったのは、「愛燦々」。「愛燦々」は、小椋佳が作詞作曲をしました。その小椋佳が生前葬コンサートをした、というニュースを観ました。
小椋佳。1944年生まれなので70歳。70歳といえば古希。古希は、人生七十古来稀なり、と詠った杜甫の詩に由来しています。小椋佳も古希を迎え、生前葬コンサートを行うことにしたのでしょう。
「雨 潸々(さんさん)と この身に落ちて」のフレーズは、「わずかばかりの運の悪さを 恨んだりして」と続きます。
NHKの朝ドラ「花子とアン」は、ここ10年の朝ドラで1番の視聴率をとったそうです。私も観られるときにはできる限り観ました。なにがおもしろいのだろうと思うと、主役の村岡花子のまっすぐな生き方も素敵ですが、脇役とよんでいいのかまわりに登場する人物が、その人間模様がおもしろい。ドラマを引き立てていると思います。憲兵だったあにやんが敗戦を迎えたときの苦悩、北海道で貧しい生活を強いられ、おねえやんをいつも羨ましく思っていた妹の心、意志に反し石炭王に嫁ぎ、その後駆け落ちをした腹心の友の決心、…。駆け落ちされた時の石炭王の人間臭さも、少々鼻につく作家の女史の高慢ちきな振る舞いも、それぞれの人がその時代をその人なりに一所懸命生きていたのだな、と思え、それが主役を引き立たせる。
「神は天にあり 世はすべてこともなし」。「赤毛のアン」の第38章に出てきます。原文は”God’s in His heaven, All’s right with the world”です。「神は天にいます。世の中のすべてのことは正しい」とでもなりますか。この世で起こっていることなんて、すべて神の差配よ、などといってしまうとお叱りを受けるかもしれません。
わずかばかりの運の悪さは、たぶん欲得から湧き出てくる人間の情感であって、神からすればすべてのことは正しい。ある時に、あるべくして、ある。すべてこともなし。でも、だから人間はおもしろくなる。
「それでも過去達は 優しく睫毛に憩う」と、「愛燦々」は続きます。「人生って 嬉しいものですね」と思えるようになるのは、古希になるくらいの歳かもしれません。だから、おもしろい。