銭湯

 旅館の従業員が夜遅くにお風呂の見回りをしようとしていたところ、脱衣所が水でベタベタに濡れていた。どうしてここまで水浸しになったのだろう、と不思議に思ったら、その日宿泊していた修学旅行中の小学生がパンツをはいたまま風呂に浸かっていた、という話を聞いたことがあります。もう何年も前のことなので今はさすがにそういうことはないと思いますが、風呂にパンツをはいたまま入るなどということは、想定外だったろうと思います。

 私が子どもの頃、家に風呂がなかったため、銭湯に通っていました。今から思うと、銭湯には銭湯のルールがあったように思います。プールと同じで、子どもは水のなかではしゃぎたくなります。はしゃぐと湯が荒れる。大人は子どもを叱る。床が滑りやすいこともあるけれど、だれかにぶつかるかもしれないから大人が注意をする。頭を洗っているときも、横にすわっている人に湯やせっけんの泡など飛び散らないようにする。人様に迷惑をかけないでいっしょにその場その時間を過ごすルールが、銭湯にはありました。はっきり言う大人がいて、素直に聞く子どもがいました。

 風呂場という一糸まとわない裸と裸の社会だから、一時的ではあっても知らない人間同士が過ごす空間を気持ちよくしたい、ということがあったのではないか、と思います。銭湯ではその時の“家族”ができ、共に過ごす教育がなされていたのだろう、と思います。もっとも、入れ墨のお兄ちゃんは怖かった。怖かったけど、見たかった。