みよちゃん
先日のお彼岸のときに、母親を連れて田舎に行きました。母親が「みよちゃんに会いたい、みよちゃんに会いたい」と何度もいうので、それも田舎に出かけた理由のひとつです。
私自身はみよちゃんに会ったことはありません。電話で聞く声がとてもかわいいのと、年賀状などで見る文字がとてもきれいなのが印象に残っているくらいです。
これまでみよちゃんの家には行ったことがありません。年賀状の住所を頼りに岐阜県のY町に向かいます。
高速を降ります。やがて道がくねくねと回り始め、だんだんと山の奥に入っていきます。最近のことですのでどこへ行っても舗装はされていますが、都会の道とは違い直線の道は少なく、細いです。地図を見ながら県道を走ったのですが、どうも自信がありません。道の駅に停まり、電話で確認することにします。
でも、電話にだれもでません。
確認のしようがなく、そのまま県道を走ります。
すると、目印となる釜飯屋が右手に見えました。よかったと思い、県道から外れます。今度はさらに細くなった山道を登っていきます。行き当たりを右に折れて数十メートル行くと、ひとりのおばあちゃんが日傘をさしながら田んぼの畦にすわっています。
「あの人は?」と母親に尋ね、彼女がみよちゃんということがわかりました。
「この辺は道がようわからんやろうから、ここに一時間前からすわっとったよ」
なんとも申し訳ない気もちになりました。
みよちゃんの家は農家です。
母親とは幼馴染で昔はいっしょによく遊んだ。早くに嫁ぎ、こんな山奥に来た。夫は戦争に駆り出され、無事帰ってきた。今は夫に先立たれ、子どもはみんな町に住んでいるから、この大きな家をひとりでそうじするのは大変だ。事故をしてからひざが悪いから、杖をつかないと歩きづらいが、もうすぐ稲刈りの時期だし、精出して刈ろうと思っている。…。
部屋を見渡せば、夫が撮ったという多くの写真が壁に掛けてあり、書棚には美術の本がたくさん。別の棚にはいろいろな地名が書かれている何冊ものアルバム。
「旅行に行って、そこここで俳句を読むのが好きで…。」
窓の外を見ると、街路灯などありません。車だって滅多に走らない。山の中腹のちょっと平らになっているところに立っている家のまわりには、金色の稲穂が風に泳ぎます。
夜になったらきっと満天の星のなかで多くの虫がいっせいに合唱を始めるのだろうな。こんな山奥で、大きな家に高齢でひとりで住んで、足が悪いから坂道が多いからつらいだろうに。
「この前、やっと俳句で賞をいただいた」と「みの虫」という俳号をもつみよちゃんはほくそ笑みます。
話にけれんみがなく、とても素直にこちらの胸に納まっていく。
この人は幸せなのだろうな。幸せを自分でつくって、味わっているのだろうな。
そんなことを感じた小さな旅の出会いでした。