ひと生の経験

 「あなたに女の子の一番大切なものをあげるわ〜♪」と山口百恵が歌ったのも今は昔。
 先日、つけっ放しのラジオから流れてきたのは山口百恵特集の「ひと夏の経験」。なつかしいなあ、と思いながらふと思う、「ひと夏」ってなに?夏にひとつ、ふたつ、っていうのがあるの?
 今年の夏は異常気象。確かに暑い日もあったけれど、今年に限って昼日中に水風呂に入る日は一日もなかった。ミンミンゼミやアブラゼミの声を聞いて暑さが増すことはあったけれど、ハテ、ツクツクボウシは鳴いたっけな、と思うと、季節の入れ替わりをきちんと感じないままに、秋の虫の声を聞きながら寝床についている。これじゃ、「ひと夏」は終わっていない。
 百恵さんが歌うように、自分の一番大切なものをあげられるくらいのが「ひと夏」であって、それは春ではなく、秋でもなく、冬でもない。やっぱりそれは夏なんだ。ツクツクボウシが鳴いていないのに、夏を終わらせてはいけない。
 人生も同じなのかな、と思う。ツクツクボウシが鳴いていないのに、夏を終わらせてはいけない。一番大切なものを小さな胸の奥にしまっておくだけでは、ツクツクボウシは鳴きはじめられない。もし一生を「ひと生」と呼ばせるなら、「ひと生の経験」ができる。ツクツクボウシに出番を待たせては、ツクツクボウシに申し訳ない。