同機

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 ものごとは同機する、と最近思います。
 必要なときに、必要なことがらが与えられる、もしくは、課せられる、とこの頃思います。
 流されるということではないけれど、万物が流転しているなかで起こる事象に調和していくこと
が大切だな、と思うことがあります。
 泳ぎを始めて3年ほど経ちます。やっとそれなりの距離を泳げるようになりました。水のなかで
進むには、手をかいたり、足をばたつかせれば、進みます。ただ、海や川のように、プールにも水
の流れがあります。おそらく産卵のために川を遡上する鮎は、流れてくる水のどこを泳いでいくと
いいかを知っていると思います。鮎はいつも同じように身体やひれを動かしているわけではない、
と思います。
 「伝統は革新の連続」ということばがあります。積み上げてきたものに知らず知らずのうちに頼
りきったり、胡坐をかいたりしてしまいます。それが真理のようにふところに住みついています。
今、目の前で起こっている体験が川の流れとするならば、その川の流れと調和をしていきたい。速
い流れのときに体験できることもあれば、淀みのときにしか体験できないこともある。必要なとき
に速い流れがやってきて、与えられるときに淀みがやってきて、その時そのときにからだが感じる
ことがある。そこに新たな道をつくりだす原がある。
 でも、たぶんそれはからだが求めているからその体験と出遭うのかな、とも思います。だから、
同機。