オクラ

やまだんと同じような体験をしたことがあります。こちらは剣道少年ではなかったのですが…。

 

 某日、地下鉄が駅に着き、降りる人が降りきる前に、年のころなら10歳ちょっとでしょうか、ひとりの子どもが人をかき分けて乗り込んできました。そして、空いている席にすわると、手招きをします。おそらく同じクラブの友だちでしょう、彼が「確保」した空席に悠々と腰をおろしました。その後でどやどやと人が乗り込んできましたが、彼らふたりはそんなことは知ったこっちゃない。

 

 電車が動き始めます。

すると、最初に場所を陣取った子が、自分のもっていたビニール袋を取り上げました。コンビニでなにかを買ってきたのでしょう、なかのものを取り出しました。透明なプラスチックの容器です。そして彼は、割り箸を取り出し、ふたつに割りました。地下鉄のなかでパンとかを食べる高校生などはたまに見かけますが、箸を使って食べる人を見るのは初めてです。ちょっとびっくりしましたが、彼が食べ始めたものを見てもっとびっくりしました。オクラでした。

 彼は、となりにすわった友だちとおしゃべりしながら割り箸でオクラを食べます、まわりなどおかまいなしに。その脇に日本酒のコップ酒でもあったら、ただのおっさんです。そうでなくとも彼はうまそうにオクラを食べる、ネバネバの糸をひきながら。

 あきれるというより笑えてきました。

 

 最近、間宮さんが古い紀要をもってきました。南山短期大学『人間関係』第23号合併号1985年のものです。そこにはメリット先生の論文が記されています。

 「人間関係を学んでゆくことの極めて重要な最終目的は、倫理的な関心や探求を深めてゆくことです。世の中の大多数の人々がおかれているひどい状態を引き起こす原因を敏感に、しかも建設的に批判するために、しっかりした倫理観を獲得することが必要であり、人類の幸福と正義のある世界に一歩でも近づくための道を探さなければなりません。敏感で建設的な批判によって、許せない状態にとり組むことは、人間として最低限度の避けられない義務であり、目標でもある。この目標を達成することにとり組めば結果として、世界的視野を持つことができ、世界を危険に導いて行く社会制度に対する鋭い目が養われ、かかる制度の欠点や是正されるべき側面−特に人間関係の側面−に対して、我々に可能な対策を考えることになるのです。」

 

 私の頭の中も、ネバネバの糸をひいています。