プロセス・エデュケーションが必要な訳(03)

佐藤学氏(2006)は、学びというのは、基本的に「協同」であると考えています。彼は、デューイやビゴツキーの考えをベースに、学びとはコミュニケーションであると考えています。彼によると、「学び」とは、モノ(対象世界)との出会いと対話、他者との出会いと対話、自分自身との出会いと対話が三位一体となって遂行される「意味と関係の編み直し(re-contextualization)」の永続的な過程として定義されています。
彼の考えに従うと、学びとは一人で行動変容や認知構造の変容が起こるのではなく、他者と交流する過程において生起すると考えられるのです。学びが成立するためには、おのずと小グループで学ぶ場づくりが必要になります。こうした学びを核とした「学びの共同体」づくりを、彼は学校改革の哲学に据えているのです。その哲学に「公共性」、「民主主義」、「卓越性」をあげています。学校は多様な人々が学び合う公共空間であり、すべて子供の学びの権利を実現する公共的な使命をもっているのです。そして、彼は、その「公共性」の原理は「民主主義」の原理に支えられており、それは多様な人々が協同する生き方(a way of associated living, デューイ)の哲学が根底にあると述べています。「卓越性」では、学びの場で自他のベストを尽くして最高のものを追求する態度の必要性を説いているのです。
プロセス・エデュケーションでは、佐藤の言葉を借りるならば、これらの哲学がどのように実現できているのか、そしてその実現をめざしてどのようなかかわりが大切になるのかを、子ども同士の関係の中で、また子どもと教師との関係の中で、またはすべてを存在する教室という場の中でおこるプロセスという関係的視点から吟味することを目指しているのです。「今ここ」で、何が起こっているのか、しっかり見つめて、その場から生まれるプロセスを大切にしながら、学習者と教育者がともに学び合う場づくりが生まれることを実現するための態度とスキルを育てることができるのではないかと考えています。
引用文献:佐藤学(2006).学校の挑戦−学びの共同体を創る 小学館 p.299.