ラボラトリー体験学習を知る

ファシリテーターの働きについて

ファシリテーターの介入の留意点は?

q介入の仕方、どのように体験から学ぶためのファシリテーションを行えばよいのか難しく感じています。ファシリテーターとして介入時の留意すべきこととはどのようなことがありますか?

 

a1970年代頃から高度経済成長期に、我が国においても、Tグループや感受性訓練(ST:Sensitivity Trainingの略)といった集中的グループ体験が流行した時があります。グループ体験が、これまでの生活の中で身につけてきた各個人の関わり方を揺さぶり新しい行動様式を身につけることができるほどのインパクトを与えるトレーニングであったことが影響していると思います。また、そうした米国から輸入されたトレーニングに参加する教育スタッフもはじめてのことが多く、ファシリテーターの行動(介入)がある種マニュアル的になっていたこともあるのではないかと思います。すなわち、ファシリテーターが操作的な質問や指示によって、自己開示を行わせたり、情動的な反応を引き起こさせたりして、あたかも新しい自己に出会えたかのような体験をさせる自己啓発セミナーが代表的な操作的なトレーニングといえるでしょう。ともすれば、ラボラトリー方式の体験学習は、そのようなセミナーと混同されがちでもあります。
ラボラトリー方式の体験学習は、学習者の生の体験を用いるトレーニングや学習であり、そこに起こるプロセスにアプローチすることから、学びは成立するということが前提です。
そこで、気をつけなければいけないのは、実施するプログラムの体験やふりかえりにおいて、ファシリテーターが行う行為(学習者の学びのために働きかけをすることを介入とよびます)が、学習者に与える影響、その影響過程のプロセスを丁寧に吟味することがとても大切になります。
特に、ファシリテーター自身の感受性が重要になります。あくまでも体験学習を用いた教育実践では、学習者自身の自発性/主体性を大切にすることが大前提です。厳密に考えると、何かを指示して学習者に動いてもらうこと自体、すでに操作的な発言をしているといえるでしょう。学習者は、ただファシリテーターが動けと言ったから動いているだけということが起こっているかも知れません。主体的、自発的になることが教育目標でありながら、そこに起こっていることは受動的な存在にさせてしまっていることがあるかもしれません。そのためにも、今ここで起こっていること(プロセス)に、ファシリテーターは目を向けておかなければなりません。
ある時のことです。学生が、教員に対して「レポートはどのように書けばいいですか?」「ページ数はどのくらい書けばいいですか?」「どのように調べればいいですか?」と次々と質問をしていました。それに応答していた教員が最初の頃は丁寧に答えていたのですが、途中で「自分で考えなさい!」と厳しい口調で話しました。学生は「はい、わかりました。」と静かになりました。このシーンをどのように見ますか?教員が「主体的になりなさい」と言って、学生が「はい!わかりました。」と従ったとしたら・・・それは「主体的?」


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