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2018年2月12日|

清泉寮Tグループ3日目

 Tグループの3日目が終わろうとしています。
 清里の地は山梨県でも最西端に位置し、となりはもう長野県です。清里の地にある清泉寮。日本におけるTグループのメッカといってもいいかもしれません。日本におけるTグループの歴史は60年にもなろうとしていますが、その変遷は山あり谷あり、今は絶滅危惧種とさえもいわれているほどです。
 今回のTグループはJIELでは7回目で、13名の方の参加、オブザーバーが2名、事務局ワークに応募のお一人、そしてトレーナー(ファシリテーター)4名、事務が1名の総勢21名で2月10日にスタートしました。
 Tグループとはなにか。なぜ私たちはTグループをし続けようとしているのか。
 私はそれはTグループが生き物だからだ、と思っています。Tグループが生きているからだ、と思っています。

 

 私という一個の人間は、おぎゃーと生まれた途端に自分自身と自分自身以外との関係の中で生きていくことを運命づけられます。そして、生命体としての持続が維持できなくなると、その終焉を迎え、そうした関係からも解き放されます。人の一生は関係で始まり、関係の終息で終わるといってもいいでしょう。その中で私たちは人一人ひとりがさまざまな体験と、それにともなう喜び、悲しみ、苦しみ、怒りといった感情とともに生の層を成していきます。その体験は人それぞれで異なる。体験したことにともなう感情もまた、人によって異なります。
 私たちのほとんどはおそらく豊かで、実り多い、幸せな人生を送りたいと思っている、と思います。人生の豊かさとは何か、実りの多い人生とは。幸せに生きるとはどういうことか。
 人として生を受け、人として死んでいくのであれば、その間は私という一人の人間が自分の生をどうつくっていくかにかかっている。自分の生きざまが自分との関係や自分と自分以外との関係に大きく影響を受けるとするならば、その関係がなにを生み出し、自分という人を人たらしめるという意志と責任を自分自身が背負う覚悟が必要となる。

 

 その生き方は他の人にとっても関係として生じ、その人の生きざまを生成していく。私たちはそうした相互の関係の想定しきれないことにも巻き込まれ、組み入れながらその人の生と成していく。
 人が人とかかわり、人と交わり、人と人びとがこの世界をつくっていく。そうしてつくっていく世界が私の人をつくっていく。私たちはどんな世界をつくるのか。どんな未来を創りたいのか、それは「わたし」のしあわせのために、しあわせの生の終焉と永遠の生のために。

 

 清里の天気は晴れ。最高気温は3度、最低気温はマイナス4度。天気でさえもコントロールできない私たちは、コントロールできないなかで精いっぱいの私を生きる、生きようとする。それがわたしをわたしたらしめるとしたら、清里の天気でさえも私たちが生きる糧となしえる。

 

 3日目の夜。今日もワインを飲める幸せ。


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