スタッフブログ

2010年12月11日|

今年最後のJIEL定例ミーティング開催です!

2010年12月12日午後6時30分から、今年最後のJIEL定例ミーティングを開催します。
いくつか、ご依頼をいただいている研修の内容と派遣研究員を決めさせていただくことが一つの大きな議題です。
また、来年度のJIEL独自の公開講座のプログラムや日程も決めることも議題の一つになっています。
多くのみなさまのご期待に応えられるような取り組みも来年度も引き続き行いたいと考えています。
どうぞ、ご依頼は http://www.jiel.jp/contact/ をクリックしていただき、ご依頼の内容をお示しください。
          JIEL 代表  津村 俊充


2010年12月10日|

12/12は今年最後の定例ミーティングの予定

12月12日(日)午後6時30分より、定例ミーティングがあります。
お問い合わせメールで、いくつかの研修依頼が来ております。
いずれも大切な教育現場、私どものもつ価値とノウハウを生かしたベストの研修プログラムを提供いたします。
派遣研究員をミーティングで決定した後は、研修プログラムに関してねらいから始まり進め方までご依頼の方(クライエント)と綿密なやりとりをしてから、プログラムを決定し、研修当日の学びのファシリテーションをさせていただきます。
「体験学習から学ぶこと」を学ぶ企画、コミュニケーションやリーダーシップなど人間関係関わる研修企画をお考えの方は、お気軽にお問い合わせください。


2010年10月31日|

2つの体験学習実践研究会(第5回学校教育領域、第4回看護医療領域)が開催されます

以下の2つの研究会のご案内をします。
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第5回学校教育領域 体験学習実践研究会
→申込みはJIELのWEB お問い合わせフォームに必要事項をご記入し、お申し込みください
2010年11月13日(土) 午後1時30分~4時30分
話題提供者:前田みゆき教諭(北里中2年学年主任)
タイトル:「体育大会」
概 要:9月18日の体育大会を控え、応援や競技練習に熱を帯びてきているこの時期に、何を大切にして自分たちの体育大会を迎えるかを考えさ    せるのが、このエクササイズのねらいである。教師側が5つの価値観を用意し、グループ内のコンセンサスを図る実習。
 もう一つのねらいは、ファシリテーターの養成と職員間の同僚性の育成です。そのために、8月31日、全職員で体験し、9月1日、全学級で実施しました。
 当日の実習をもとに、提案者にアドバイスがいただければ幸いです。
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第4回医療・看護領域 体験学習実践研究会
→申込みはJIELのWEB お問い合わせフォームに必要事項をご記入し、お申し込みください
 2010年7月31日(土) 午後7時~9時
テーマ:総合病院の研修システムを再構築する-人間関係の視点から-
概 要:ある総合病院の研修システムを再構築するデザインを参加者の皆さんとともに、考えることができることを期待しています。いろいろな経験知も持ち寄りながらディスカッションを楽しみましょう。


2010年8月20日|

JIEL定例の年に一度の合宿ミーティングでした!

今年は、8月16日(月)17日(火)と京都宇多野ユースホステルを利用して、恒例の合宿を行いました。
宿舎に着くと、とてもきれいな宇多野のユースホステルが迎えてくれて、さらには、大文字五山の送り火の日とのことで、夕食後のスケジュールが一機に観光モードに・・・。
その後、会議室のセッティング後、メンバー全員がそろうまで、スケジュールの確認などで、スタートが、まったり感で始まりました。
全体に今年は、暑さ・京都・風情の影響か、ゆったり、のんびり、まったりの合宿のムードになってしまいました。
精力的なミーティングにならなかったことは少し前年ですが、こうした時が、私たちJIELメンバーに必要だったのでしょう。
この経験から、何を学ぶかが大切かもしれません。
どん欲な私は、自分がやるべき課題は何か、考えつつあります。
まだ、何をすべきか、ゴールが定まっているわけではありませんが、このままでは・・・というような思いは、芽生えてきています。
さて、どうするか?
チームや組織のことを扱う研究書が、自らのプロセスに気づき、それに取り組むことの難しさを感じています。
研究員のみなさん
どんな方向に進もうとするのか?
それぞれメンバーが考えていること、分かち合うことが必要な時に来ているのかもしれません。
とにかく、設立から5年。次の1年に向けてスタートです。


2010年6月3日|

一市民として

 「民主主義の最後のとりでは、目覚めた市民の組織された力だ」
 韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)第16代前・大統領のこのことばは、「家の近くにとても小さな碑をひとつだけ残してほしい」という遺言に従って小さく残されているそうです。
 鳩山さんが総理大臣を辞めました。普天間基地移設の問題があったり、彼自身のリーダーシップのなさ(といっていいかどうかわかりませんが)や、脱税疑惑など、むべなるかなの感があります。ただ、普天間のことをいえば、もともと自公政権のときにあった話で、今は野党となっている勢力がここぞとばかり彼を戦犯のごとく非難めいたことをいうのはどうかとも思います。
 市民は愚かではないです。民主党の支持率が下がってきても、必ずしも自民党のそれが急激に上がることにつながってはいません。
 6月2日付中日新聞文化欄で大阪大学学長の鷲田清一さんが「「顧客」のふるまい、「市民」のふるまい」と題してこう述べています。
 「ひとびとにいま求められているのは、そうした政治というサーヴィスの消費者、つまりは「顧客」としてのふるまいではなく、社会を担う、受け身ではない「市民」としてのふるまいではないのか」
 主権は私たちひとりひとりの市民にあるとしても、議会制民主主義の名の下に代議員に“委譲”し、一部の人らがその権益を得ることに終始した時代、それが混迷する日本の政治の構造を築き上げてしまったのではないか。その挙句に残された負の遺産。
 Ask not what your country can do for you,
 ask what you can do for your country.
(国があなたのために何ができるかではなく、あなたが国のために何ができるか、問いかけてください)
 アメリカ合衆国第35代大統領、ジョン・F・ケネディは語っています。さらにこうも述べています。
 A man may die, nations may rise and fall, but an idea lives on.
(人は死ぬかもしれないし、国は興亡するかもしれないが、理念は生き続ける)
 今、だからこそわたしたちはどう生きていこうか、どういう社会を創っていこうか、そう問われる時が来たのだな、それをぶつけ合う時なのだな、そう思います。


2010年5月23日|

ミンタイシ

 裁判員制度が始まって1年が経った、とニュースが報じていました。裁判員になった人が、ストレスで仕事をやめたり、うつになったりした人がいるということで、これから改善していかなければいけない課題も多いようです。
 それとともに採りあげられていたのが法廷通訳のことでした。
“I feel very bad.”
 麻薬保持で捕まった外国人の被疑者が裁判長の質問にこう答えたのに対し、法廷通訳は「深く反省しています」と訳した、こうした通訳の訳し方が判決に影響を与えているのではないか、と弁護人が問題視している、というのです。英語が堪能な私の友人は、話の前後がわからないのでなんともいえないといっていますが、確かに通訳の訳し方で受ける印象も違ってくることは間違いないようです。
 このニュースを聞いて、大学に入りたてのころを思い出しました。
 少し仲良くなった友だちと飲みにでかけました。まだ飲みに行くということに慣れていないうぶな時期です。場末のカウンターしかない小さな小料理屋、といったほうがいいかもしれません、そのカウンター席に陣取り、メニューを見て注文しました。
 「ミンタイシ、ください」
 カウンターのなかにいるおかみさんは、最初首をかしげていましたが、そのあとに大笑い。
 「明太子のこと?」
 受験勉強で頭の髄まで汚染されていたのか、単なる世間知らずなのか、ちょっと恥ずかしく顔が赤らんだ思いがあります。でも、それで友だちとはより親しくなった気もして、それにそこのおかみさんにはその後も大変お世話になったなあ、だから”I don’t feel very bad.”だったなあ、と今さらながら思い出し笑い。
 私たちの日常の生活でもおそらく起こりうるこうした齟齬(そご)や思い込み、決めつけ、行き違いなど。そして、人がそこで自分の解釈を入れることもあって、さらに輪をかけて広がっていく齟齬、思い込み、決めつけ、行き違い、…。
 裁判のような人の一生を左右しかねない現場ではなおさらでしょうが、ファシリテーターをしている私たちにとっても心しておかねばならないこという思いをもちました、それはことばだけでなく、その人の気持ちや思いなども含めて。
 でも、ミンタイシ、っていうのもかわいくありません?


2010年5月9日|

身を捨ててこそ

 プールに通い始めて4ヶ月が経ちます。
 もともと母親の水中ウォーキングにつきあったのが始まりですが、ただ見ているだけではおもしろくないので泳ぐことにしました。とはいうものの、平泳ぎしかできません。クロールで延々と泳いでいる人を眺めるのを羨望のまなざしで眺めていました。
 友だちから本を借りたり、YouTubeの映像を参考にしながらクロールに取り組みました。それでも身体は沈み、バタ足は前に進まず、息継ぎをすれば水を飲む、この繰り返しで何日も過ぎました。
 今日、ふと気づいたことがあります。
 自分を水に預ける。
 すると楽なのです。
 力でもって懸命に進もうとしたり、水を飲まないように顔を上げようとしたり、疲れないように意識的に身体を脱力させようとしなくても、水に預けると自然と力みがない。身体が沈むときには沈むにまかせ、浮こうとも進もうともしない。すると身体は浮き、進む。
 身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ。
 このごろ、このことばが常に私の頭をよぎります。
 自分が積み重ねてきた「澱(おり)」が溜まりすぎて、それが「自分」をのっとってしまっている。下手をすると、のっとられている自分を無理やり「自分」にして落ち着こうとしている。
 さかなはきっとどうやったらうまく泳げるか、どうしたら速く進めるかなどと考えることなく泳いでいるのだろうな。きっと水と一体となっているのだろうな。
 プールがだんだん楽しくなってきています。
 


2010年5月1日|

「ワールドシフト」

4月24日・25日に東京・国連大学ウ・タント国際会議場で
ワールドシフト・フォーラムが開催され、
私は初めてワールドシフトという言葉を知りました。
実はおもしろそうだという直感があったものの、
東京に行くパワーがないからどうしようかと迷っていました。
でも、どうやらUSTREAMというものを使って、パソコンから見れるらしい。
Webやパソコンには詳しくない私ですが、インターネットを接続し、
2日間自宅のパソコンからそのフォーラムを聞くことができました。
ワールドシフトとは、(ちょっと小難しい説明になりますがホームページによると)
「2009年9月、世界的な金融・経済危機と環境問題に対応するために、
システム哲学者アーヴィン・ラズロ博士やゴルバチョフ元大統領など
世界賢人会議『ブダペストクラブ』が、
持続可能な社会への転換(WorldShift:ワールドシフト)の緊急提言を
行ったことからはじまった、世界的なムーブメント」とあります。
今起こっている問題を解決していくためには
一人ひとりの意識や価値観が変わっていくこと。
そして、私たち一人ひとりの行動にかかっているということ。
それを考えていくために、さまざまな分野で活躍する団体や個人の方が
「ワールドシフト」について18分という限られた時間で
提言・宣言をするフォーラムでした。
私が魅力を感じたのは、登壇した方の顔ぶれの多彩さ。
たとえば、野中ともよさん、田坂広志さん、米倉誠一郎さん、
ドクター中松さん、龍村仁さんという名前を聞けばどんなことをされているか
すぐ思い浮かぶ方から、初めてお名前を聞く方まで、
30人の個性豊かなごちゃ混ぜ感。
その多彩さ、そして18分という短さ、
ひとつの主張ではなくさまざまな思いや知恵や新しい価値観が混在して、
そこから刺激を受けて、これから新しいものが生まれていく期待感。
会場での参加者に加え、今回USTREAMというライブ動画配信サービスを通じて
全国(海外も?)で同時に参加した人たちがいました。
今までは「この人の話が聞きたい」と思って講演会に足を運んでいたけれど、
これからは家にいながらにして聞くことができる。
そして同じように全国で聞いている人が同時にコメントをやり取りできる。
なんて便利な時代!同じ場にいなくても、参加したり、共有したりできる。
これってすごいことだなあ。でも、直接会うことの意味もあるはず・・・。
直接会うことも大事にしながら、場を越えてつながっていける
インターネットのよさもとりいれていきたい。
野中さんの司会はとても魅力的でした。
堅い言葉で語ったスピーカーに、
「もっとやわらかく平仮名っぽく表現してみると?」という投げかけ。
難しいことを優しく平易に、自分らしく。違う価値観と出会うおもしろさ。
なんだかとてもお得な体験でした。
見るだけで終わらせたくないなと刺激を受けました。
もし、これを読んでなんだかおもしろそう...と思ったら、
ホームページを見てみてください。
 http://www.worldshift.jp/index.html
 Ustreamで2日間の映像が今からでも見られます!
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2010年4月21日|

Stay hungry. Stay foolish.

 以前、「YouTubeにあるこのスピーチ、いいよ」と教えてもらって見たときは、確かにいい話だな、と思いました。
 それから数年が経ち、別の友人に薦められたのは、同じスピーチでした。それは、アップル社の生みの親であるスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学での卒業式で行ったスピーチです。同じスピーチなのですが、今あらためて聞くと、それはより深く自分に入ってくるのを感じます。
 ”Stay hungry. Stay foolish.(ハングリーであれ。愚か者であれ。)”
 ハングリーということばが使われるとき、それは貧しさや不遇の境地にあっても、あるいはそれをバネにしてかんばる、といったような意味合いが多いように思います。でも、なんだか違和感がありました。
 今、それが受け入れやすくなっているのは、おそらく今の自分がそれを求めているからだろうと思います。ハングリーな状態であれば、どんなに粗末な食べ物でもありがたく喰らい、飲める水ならば渇いた喉を潤すために最後の一滴まで搾り取るように飲み干す。ハングリーであるということは、乾いた雑巾がすべてのものを吸い取ろうとする状態なのだ、そう今感じます。そのためには、自分が愚か者であること、愚かであるからこそ気づき、学ぶことができる。
 水嶋さんにスティーブ・ジョブズのことばを伝えました。スピーチの翻訳文を読んだ彼は、こんなことばを返してくれました。
 「捨てたときに、新しい運命が開ける!」
 水嶋さんは愚か者です。相当すてきな愚か者です。


2010年4月20日|

4月

 顔を上げてみると、白いハナミズキの花が咲いています。周りを見渡します。すると多くの木々の葉の緑が目に飛び込んできます。
 サクラは罪な花だな、と思いました。薄桃色のサクラの花が緑の葉といっしょに咲けば、その緑も映えるだろうに、サクラは花だけで自らを彩りそれが四方に散る姿を見せておいて、やがて緑で自分をくるむ。
 いや、むしろサクラの葉は花が去るのを待っているのかもしれません。ハナミズキの花は他の新緑と共存しているのに、サクラの葉っぱは自分の色を主張するタイミングをじっと待っていたのかもしれません。
 サクラの薄桃。ハナミズキの白。そして木々の緑。自分が見ているものの構図が移り変わる、その構図のなかに溶けて入っていく自分を感じる4月です。


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