スタッフブログ

2015年10月25日|

腰を痛めて

 私は、この10月、仕事中に無理な体勢で患者さんの移乗中に腰を痛めてしまいました。
看護職は、結構持病で腰痛を患っている方が多くいます。私も20年以上前から寝たきりの患者さんの体位変換や車いす移乗で腰痛を患っていました。できるだけ腰部に負担をかけないように移動介助をするのですが、人手の問題であったり、患者さんの状態であったりで無理をしてしまうことがあります。看護師として、移動介助のスキルを問われることにもなりますが、今回も気をつけていたにもかかわらず負傷しました。
俗にいうぎっくり腰のようになってしまい、椅子から立ち上がることや歩くこともままならない状態になってしまいました。
 10年前に一度、とてもひどく腰を痛めて以来久々の腰痛で、自分でも歩き方がおかしいけれど、どうすることもできずに老婆のように腰をかがめてゆっくりとしか歩けない状態が続いています。
 休みの日には、いろいろなことをしたいと思ってみてもこの腰痛ではできずにいます。このところ仕事の合間に地方への研修があり、その疲労が腰のきたのではないかと家族に言われてしまいました。家族からの一言は、ちょっと耳が痛いです。それにしても、自分の体の声にも耳を傾けないといけないなぁと思う今日この頃です。


2015年10月18日|

コスモス畑

先日、仕事の帰りに尾張旭市を車で走っていて、コスモス畑に出会った。
私はコスモスが好きなので、ほんのちょっと時間だったが、とても嬉しい気持ちになった。
休耕田を利用しているようだが、地元では知られているようで写真を撮る人など、何人かの人が集まっていた。

10年以上も前の話になるが、息子が中学に入学した時のことを思い出した。
その年は桜の開花が早く、入学式の時にはすっかり散ってしまっていた。
担任の先生は尾張旭市に住んでいらして、挨拶の時に蓮華畑を見ながら来たと言っておられた。
尾張旭市はそういう運動があるのかな?とふと思った。

少し前に息子と話していて、どうしてだかは忘れたがSMAPの「世界に1つだけの花」の話になった。
息子曰く、「花屋の店先に並んだ花は、その時点でもう選別された花だよね」というのである。
「確かになぁー。道端に自然に咲いている花とは違うなぁー。」と私も考えた。
この歌に何の文句もないが、ちょっと考えさせられたひと時であった。

今回のコスモス畑との出会いは、ただ綺麗だなぁと思うだけでなく、こんなことを思い起こさせてくれた。
自然のもつ力は凄い。
優しい気持ちとちょっとした思考の時間を私に運んでくれた。

コスモスに囲まれた写真を、私も撮れば良かったかなぁー


2015年10月2日|

干しネギ

 また目があった。もってけ、と訴えています。前のパッションフルーツに続き、今度は干しネギです。
 干しネギというものすら知らず、なんだか枯れかかっているようなネギのかたまりを、植えたら本当に生長するのかな、と半ば疑いながら植えました。肥料のことなどまったく無知で、庭に培養土だけをまぜたところに「干しネギ」の指示通り少し穴を掘り、植え、10センチほどの間隔をあけては別の干しネギを植えていく、それを10株くらい続けます。
 以前、テレビで雑草は根から抜くと微生物ももっていかれてしまうので、雑草の根は残したほうがいい、という甘い言葉に助けられ、干しネギと雑草の共存を目指します。
 それから数日。気にもかけずに目をやると、少しずつ生長しているのがわかります。強い!ぐんぐん伸びるものもあれば、これは育たないかも、というものもあります。伸びているものはがんばってるな、と思うし、あまり育っていないものは植え方がよくなかったかな、なにか手を施すことができないか、それなりに思いが巡ってきます。
 植物は人の声が聞こえるのだとか。だから、やさしいことばをかけ続けると、植物もそれに応えるそうです。逆にきびしいことばを投げつけると、植物はそれなりの姿になっていくようです。ことばの影響は大きいです。
 パッションフルーツはことばをかけ続け過ぎたせいか、予想以上に生長しました。というより、パッションフルーツはこんなに枝を張るものだとは思っていませんでした。中部国際空港では日よけとして植えていたとききました。空港の木からは収穫があったそうです。庭のパッションフルーツは、花も実もつきません。ことばのかけ方は別のものにしたほうがよかったかな、と思い、10月に向かいます。
 


2015年9月20日|

ゴシック

またまた、ちょっと遅れでブログの投稿をする。
JIEL Tグループ・ファシリテーター・トレーニングが今日から始まり、参加者との濃密な時間を過ごしています。
今回もいろいろ学べそうでワクワクします。。

この講座の始まる前日に、JIELのメンバーと別件の打ち合わせをしていた際にこんな会話がありました。
H:このプリントのこの部分がフォントが違うから直さないとね。
私:そうだね。ちょっと字も薄いもんね。
H:ここだけ明朝になってるからね。
私:何でゴシックは字が太いの?
H:だってゴシックってそういう意味じゃない。
私:へーそうなんだ。
H:しっかりした荘厳な建物をゴシック建築とか言わない?
私:なるほど!じゃあ私もゴシックだね。
H:そんなの突っ込めんわ!!。

荘厳かは分かりませんが、私はきっと遠目でもくっきり見えると思います。
この後、似顔絵で確認しないでくださいね。。

ちなみに、私の好みは明朝よりゴシックです。


2015年9月5日|

引き合う

 急に身体がそれを欲する時があります。
 それは、時には甘いものであったり、酸っぱいものであったりといろいろですが、身体がそれを求めます。
 あるいは、身体がそれを求めていないのに、なぜかスーパーでそのものが目に入ってくるということがある。立ち止まるとそこにココアのパッケージがあり、ああ、今ココアが自分を呼んでいるんだと思うことがある。棚にいくつかあるアボカドのひとつが私を見て、もってけ、といっている。だからといってそのアボカドが必ずしもあたりというわけではないのですが、それが私を求めている。
 気もちやこころの状態もきっと影響があると思います。ここ数日、キース・ジャレットのケルンコンサートがしばらくの間をおいて耳をとらえています。少し前は古今亭志ん朝の落語から離れられませんでした。
 自分から欲して求めることとともに、対象が自分を求める、その相互の引き合い-引力のようなものがきっとあるのだろうと思います。それは物ばかりでなく、事象や経験も当てはまるのではないか、そう思います。自分からいくらもがいて求めても手に入らないことが、ある時すっと自分の懐に入っている。自分がもともとそんな状況を望んでいたわけではないのに、その状況に身が置かれて初めてその意味や役割を知る。自分のほうは意識的意図的ではないので、相互の引き合いとはいえないのかもしれませんが、でも自分がそこに呼び寄せられている、そのことに自分が気づいていないだけのような気がします。
 これは誰の差配か。
 それはともかく、今自分はなにに呼び寄せられているか、それに感を働かせるほうが楽しそうです。
 では、今自分はなにに呼び寄せられているかと感を働かせると、どうもモンブラン・ケーキが呼んでいるみたいです。
 秋になりました。
 


2015年8月24日|

賑やかな暮らし

 今まで、海外にいた娘が名古屋に戻ってきて、義母と二人暮らしの生活から三人の生活になりとても賑やかになりました。
何しろ義母の張り切りようが半端ないのです。「今日は何が食べたいの」から始まり、仕事で忙しい私にかわり、出かけていく服のコーディネートから病院の付き添いなど、今まで私がやってきたことを随分娘が楽しそうにやってくれるのでとても助かっています。一人家族が増えるとこんなにも家が明るくなり、賑やかな暮らしになることを実感しています。
 2年前、娘が海外に旅立つときは随分寂しい思いをしました。今は、メールや電話でやり取りすることは簡単にできますが、直接顔をみて話す、声を聴くことができないのは切ないものでした。でも、それが今はできるようになり笑い声を増えています。そして何気なく気を使ってくれる人が増えることが、こんなにも心地良くいられて嬉しいと思う毎日です。
 しかし、ずっと一緒にいるとそんな幸せな時間が見えなくなり、以前はできないところばかり目についてガミガミ小言ばかり言っていました。昔は、よくケンカもしましたし、一方的に叱ることが多かったのだと思います。その時は、なかなかいいところに目がいかずに娘のことを思い必死になってあれやこれや注意をしていましたが、娘の立場になって考えたことなどなかったように思います。とにかく母親の私の思いを伝えることばかりでした。最近、「前は良く怒ってばかりいたよね」と言いながら昔のエピソードを笑いながらよく話しています。
 時が経ち、お互いに昔のことを語れるような時間が持てるようになりました。


2015年8月19日|

言行一致

お盆を終えて、やっと少し暑さも和らいできたでしょうか。
私たちはお盆明けの17日~18日に黒姫で夏合宿をしてきました。
残念ながら天候が少し悪く、黒姫・妙高の名山をくっきり見ることはできませんでした。
でも、美味しいものをいただいたり、ブルーベリー狩りをしたり、熱心に話し合ったりして有意義な時間を過ごしました。

 

その合宿でいろいろ話し合う中で、私が言った言葉に「言行一致」というものがあります。
私が意識しているモットーのようなものの1つなのです。
だから自分が難しいかなと思うような時には、期待をもたすような言い方はほとんどしません。
その為に冷たいとか配慮が足りないとか、怖いとか言われてしまいます。
でも「言行一致」は私にとってコンテントとプロセスの視点をもち、プロセスを生かすことなので大切な思いなのです。
言っていることとやることを一致させるには、自分の思いや気持ちに気づき、それを行動に繋げないと難しくなります。
自分が納得できないことを続けることは苦しいので、プロセスを反映できない行動には限界があると思うのです。
少なくとも私は、そういうタイプ(というか傾向をもっている)なのです。。

 

それに私は研修や授業の中で、プロセスから学ぶことやプロセスを生かすことをお伝えしています。
その私自身がプロセスを生かさなければ、それこそ「言行不一致」です。

 

「言行一致」は私のような凡人には苦しいことも多いです。
ですが、私はこれからも「言行一致」を意識して生きていきたいと思います。
割と正直で率直でいられることが、私の強みでもあります。
これからも私を導いてくれる言葉だと思っています。


2015年8月14日|

母の告白

8月3,4日の1泊2日で白馬村に母親と旅行に行ってきました。実は2人で白馬に行くのはおととしに続き2回目でした。おととしに白馬八方から第一ケルンまでゴンドラにのり、その先の八方池まで行くことを目的にしていたのですが、数多くの登山客のペースにのみこまれたためか、母親が「心臓が飛び出しそう」と言い、途中リタイアすることになりました。私自身も母親にあわせ、途中で下山することにしました。その後、体力をつけてまた今年はリベンジの登山でした。写真などでみる八方池の美しさを夢見て…。結局、今年はたどりつきました。途中、何度も母は断念することを口にしていましたので、荷物をもったり水分をとらせたりして、私なりにいたわっていましたが、ここまで来るのに準備を重ねたことを思うと母の泣き言にだんだん腹が立ってきて「ここまできたのに、根性なし」と言ってしまいました。母はその後黙ってのぼり続け、八方池までなんとかたどり着きました。思えば75歳の後期高齢者にいうべき言葉ではなかったと、申し訳なく思いましたが…
帰りの電車は落雷で送電線がきれたことが原因で中央線が1時間ほど止まってしまいました。そのときに、母親が「私は今までいやなことから逃げてばかりだった。」と話し始めました。高校の時に富士登山のためのトレーニングがいやでいやで体調不良といってやめたこと、遠泳も嫌でやめてしまったことなど…そういう途中でやめてしまうことが今までたくさんあったから、自分の子供たちにはそれではいけないと思って、途中であきらめるなと言ってきたと。確かにいやだからということだけで途中でやめてはいけないといわれてきました。ピアノも学習塾も受験も仕事もやめたいというと、よく怒られたり考え直せと言われたものです。母自身がそういう生き方をしてきたからと思っていたのに、まさかの反面教師だったのか…この歳になって知らされる衝撃の事実でした。ま、私が今までこうしてすぐにあきらめたりやめたりしないのは母のおかげではあるので、感謝はしております。
母は「いっちゃんのおかげで八方池まで行けたよ。もう白馬は行かなくていい、満足だ」と言っていました。いろんなプロセスはあったけど、コンテント的には課題コンプリートでした。


2015年8月2日|

水戸

 「高知からいらっしゃったのですか」「いえ、尾張徳川です」
と答えて水戸の時間が始まりました。
 実際にはお隣の勝田での仕事をいただいての茨城入りだったのですが、名古屋からだと朝早く出ても時間的に厳しいことから、ご厚意で前泊させていただけることになりました。人生二度目の茨城入りです。
 一度目は遠く大学生の頃、しかも配送のアルバイトで訪れたきりです。覚えているのはそれが牛久という地名だったこと、土砂降りの中での学校の化学実験台の配送だったこと、廊下を泥だらけにして怒られて、翌日出向いて床掃除をさせられたことと、あまりいいイメージが残ってはいません。もうひとつ、地元のおばあちゃんに話しかけられて、まったく理解できなかったことも思い出しました。
 なぜ水戸に御三家のひとつがおかれたのか、不勉強でわかりませんが、「民と偕(とも)に楽しむ」との名で創設された偕楽園のいわれを聞くだけで、水戸徳川家がどんな街をつくり、水戸の街がどのような人を育んだのかをうかがい知ることができます。
 「子ののたまわく,知者は水を楽しみ,仁者は山を楽しむ。知者は動き,仁者は静かなり。知者は楽しみ,仁者は,寿(いのちなが)し」という論語の一節から名を借りた好文亭の三階にある楽寿楼から千波湖の眺めを見ると、水戸の人々はきっと鷹揚な気質を備えているのだろうと感じます。流れてとどまることのない、常に変化する水を楽しむのか、それともどっしりと腰を据えた安定している山を楽しむのか、仁者は長生きをするだろうけれど、知者はその時の学びに自分の全身全霊を注ぎこみ、楽しむ。どちらがいいのかわかりませんが、こうやって足下に広がる公園と千波の水を見ると、そんなことはどちらでもいいのではないか、という思いも出てきます。
 この日はとても暑く、なかばへたり足で宿に戻りました。ただ、観光協会の人はなぜ高知から来たのかと私に尋ねたのか、未だに疑問が残り、知者にも仁者にもなれません。


2015年7月24日|

思いがけないこと

 先日、7月18日から20日にかけて「アサーション・トレーニング」を水野節子さんと一緒に行いました。
 このところ、私自身がプライベートでも職場でもアサーティブになれずに悶々とした日々を送っていました。特に職場で、ある人のクレームから始まり、その人との対応に関してかなりのエネルギーを費やしたことで、心身ともに疲労していく感じを実感していました。
そのような状況の中での講座開催だったのですが、不思議と参加者に話をする中で、自分自身の気持ちにも寄り添う形で心が軽くなる感じを受けました。
 講義の中で、「自己理解」と「他者理解」、「自己受容」とか「他者受容」、「共感」などいくつものキーワードが自然と自分の心の中に入っていく感じでした。また、職場の人たちとも、今回の出来事を通して、思ってもいない人から共感的理解を示してくれたことも、非常にありがたかったのです。自分一人だけではなかなか、折り合いがつけられず、しかも落ち込んでいくばかりでしたが、仲間と話をすることで少しずつ心の整理がつけられるようになってきました。このように職場の中で自分を語ることが安全にできることは、チーム治癒力であると感じますし、これからもそのような職場づくりを維持していきたいと思いました。
 


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