スタッフブログ

2018年2月17日|

Tグループ 2月清泉寮

 2月10日から15日までの5泊6日間。前泊するスタッフは7日間の清泉寮で行われた第7回Tグループが“無事”終了しました。“無事”といったのは、事務局として参加した私にとって参加された皆さんが特に大きく体調を崩されることもなく、清泉寮本館前から送迎バスに乗って清里駅に向かわれたことをいっています。

 

 今回のTグループは寒い時期である2月の開催というなかで、清泉寮ハンターホール棟は止水されているためにボイラーが働かず、部屋の暖房は石油ストーブ、清泉寮の方に毎朝水のタンクを4つ運んで用意していただくという過酷な状況でした。寒さを訴える人もいてなんとかストーブを増やしたり、増やせば増やしたで灯油臭くて頭が痛くなり、CO₂検査機がセッション中になりだしたり、飲んだコップを洗うことができなかったり、トイレはアンドレ棟まで行かなければならなかったり、と過酷な状況の中で13名の皆さんと生活を共にした6日間でした。
 私は事務局でしたのでほとんど参加者の皆さんと話す機会はありません。話す機会はないのですが、事務局であるということで皆さんの様子や状況は常に見ておく必要が求められます。とはいうものの、セッション中は見ることはありませんので、全体会のときや食事のときがその任務を遂行する時間となります。レストランでは同じテーブルにすわった人、とはいっても隣か正面にすわった人くらいしか話すことはできません。話はしますが清泉寮のレストランの窓から眺められる景色、出される食事、私の無理やり笑わせようとするダジャレくらいの軽い話です。
 私としてはTグループのセッションという多少なりとも緊張を強いられる時空間の後に少し気分を切り替え、リラックスし、クスッとするくらいの笑いができて次のセッションに新たに向かっていってもらえたら、という気もちをもってかかわりたいと思っていました。それとともにそうした中で参加者の皆さんお一人おひとりがが今どんな表情で、どんな様子で、どんな体調でいるのかを見て、知っておくというのが私個人の役割という認識をもっていました。

 

 私は食事の時間もTグループである、と思っています。その時に一スタッフとして参加されている皆さんにできることはなにか、を常に考えていたいと思っていました。それはオブザーバーで参加された人、事務局として参加された人に対しても同じです。そして、スタッフとして集まった人たちも私にとっては参加者と同じです。5泊6日、6泊7日のすべての時間と空間がTグループである間、参加するすべての人がかかわったり、かかわらなかったり、動いたり、動かなかったりしながら、その人なりの学びを得、ここから新たに旅立っていく、そのファシリテーションをするのが事務局としての私の役割と思っています。

 

 最終日にアンケートをお願いしています。アンケートにはとくに事務局について書かれていることはありませんでした。ちょっとさびしいというのが本音にはありますが、でもそれはほんとうにうれしいのです。

 

 雨にもまけず 風にもまけず 雪にも夏の暑さにもまけぬ 丈夫なからだをもち 欲はなく 決して怒らず いつもしずかにわらっている (中略) あらゆることを じぶんをかんじょうに入れずに よくみききしわかり そしてわすれず (中略) ひでりのときはなみだをながし さむさのなつはオロオロあるき みんなにデクノボーとよばれ ほめられもせず くにもされず そういうものに わたしはなりたい  宮沢賢治「雨ニモ負ケズ」


2018年2月12日|

清泉寮Tグループ3日目

 Tグループの3日目が終わろうとしています。
 清里の地は山梨県でも最西端に位置し、となりはもう長野県です。清里の地にある清泉寮。日本におけるTグループのメッカといってもいいかもしれません。日本におけるTグループの歴史は60年にもなろうとしていますが、その変遷は山あり谷あり、今は絶滅危惧種とさえもいわれているほどです。
 今回のTグループはJIELでは7回目で、13名の方の参加、オブザーバーが2名、事務局ワークに応募のお一人、そしてトレーナー(ファシリテーター)4名、事務が1名の総勢21名で2月10日にスタートしました。
 Tグループとはなにか。なぜ私たちはTグループをし続けようとしているのか。
 私はそれはTグループが生き物だからだ、と思っています。Tグループが生きているからだ、と思っています。

 

 私という一個の人間は、おぎゃーと生まれた途端に自分自身と自分自身以外との関係の中で生きていくことを運命づけられます。そして、生命体としての持続が維持できなくなると、その終焉を迎え、そうした関係からも解き放されます。人の一生は関係で始まり、関係の終息で終わるといってもいいでしょう。その中で私たちは人一人ひとりがさまざまな体験と、それにともなう喜び、悲しみ、苦しみ、怒りといった感情とともに生の層を成していきます。その体験は人それぞれで異なる。体験したことにともなう感情もまた、人によって異なります。
 私たちのほとんどはおそらく豊かで、実り多い、幸せな人生を送りたいと思っている、と思います。人生の豊かさとは何か、実りの多い人生とは。幸せに生きるとはどういうことか。
 人として生を受け、人として死んでいくのであれば、その間は私という一人の人間が自分の生をどうつくっていくかにかかっている。自分の生きざまが自分との関係や自分と自分以外との関係に大きく影響を受けるとするならば、その関係がなにを生み出し、自分という人を人たらしめるという意志と責任を自分自身が背負う覚悟が必要となる。

 

 その生き方は他の人にとっても関係として生じ、その人の生きざまを生成していく。私たちはそうした相互の関係の想定しきれないことにも巻き込まれ、組み入れながらその人の生と成していく。
 人が人とかかわり、人と交わり、人と人びとがこの世界をつくっていく。そうしてつくっていく世界が私の人をつくっていく。私たちはどんな世界をつくるのか。どんな未来を創りたいのか、それは「わたし」のしあわせのために、しあわせの生の終焉と永遠の生のために。

 

 清里の天気は晴れ。最高気温は3度、最低気温はマイナス4度。天気でさえもコントロールできない私たちは、コントロールできないなかで精いっぱいの私を生きる、生きようとする。それがわたしをわたしたらしめるとしたら、清里の天気でさえも私たちが生きる糧となしえる。

 

 3日目の夜。今日もワインを飲める幸せ。


2018年2月2日|

カラス、なぜ泣くの?

目立つのは不動産屋とピザ。その他は寿司とかファミレスの宅配か、近所にできた喫茶店とか美容院とか。そんなチラシがほぼ毎日、しかも朝起きて郵便箱を見るとまず入っている。ということは、朝早くに入れられている、ということ。近所の家をみると、「チラシお断り」といった札が貼ってあったりするけれど、あれはどこかのホームセンターで買ってきたんだろうか。チラシお断り、としたいけれど、朝早くからポスティングしている人も1枚いくらで収入を得ているわけで、むげにするのもなんだか心苦しい。かといって郵便箱から引っこ抜いたらそのままごみ箱にいくわけだし、そもそもこんなに毎回ほとんど同じ内容のチラシを配って広告効果はあるのだろうか。少なくともここにこのチラシのところにはぜったい電話しないぞ、と決めている人もいるんだぞ。それにこれほど紙媒体で何度も同じことをすることは資源の無駄遣いではないか。

 

うちもとうとうやられた。カラスの野郎がごみ袋を漁りやがった。これまで一度もそんなことはなかったし、カラスそのものもこのあたりにはあまり出没していなかった。カラスは十いくつかの仲間の声を聞き分けられるそうで、それでどこかの市役所が「こっちに来るな」という鳴き声をスピーカーで流したらカラスが他のところにいってしまった、と聞いたことがある。でもそのカラスは他のところに移動しただけで、そいつらの片割れがうち近辺に現れたのかもしれない。
 ご近所は続々と黄色のネットをあつらえ、ごみをネットのなかにおさめる。なぜあれが黄色なのか、黄色だからといって必ずしもカラスが嫌いな色ではないらしい。実際黄色のネットの外からごみ袋をつついているカラスを見たことがある。ごみ袋をなにかで囲むのがいいらしい。カラスは狭いところは苦手のようで、もしそこに入って羽でも引っかかって抜け出せなくなるといけないと思い、近づかないそうなのだ。それだったら段ボール箱の上と下を開け、その中に入れておいたら、とも思ったが、そうするとおそらく段ボールごと収集車にもっていかれてしまうかもしれない。これはいいと思ったのは、スーパーで買い物をするときのかご、あれを二つ用意し、ひとつにごみ袋を入れ、その上からかごをひっくり返してかぶせる、というご近所さんの家の前で見たアイデア。それはいいけれど、かごはいる。
 どうしたものかと思っていたら、カラスは視覚でものを判別するらしく、ごみ袋のなかのごみをなにかで包んでしまえばカラスは見えないので大丈夫、という記事。そこで出てくるのは、不動産屋とピザ。場面や状況が変わると価値や意味が変わる。場面や状況や環境や、自分の考え方やものの見方を変えれば、価値も意味も変えられる。

 

 今となっては郵便箱にチラシが入ってくるのが待ち遠しい。はてカラスが苦手なのは不動産か、ピザか、はたまた宅配寿司か?カラスに聞くしかないが、聞いたところでたぶん「カラスの勝手でしょ」というにちがいない。
 


2018年1月25日|

257円

 「壺算」という落語の演目があります。買い物が苦手な友だちに代わって壺を買いに行きます。最初は小さい壺を値切って買いましたが、瀬戸物屋に引き返し、大きい壺が欲しかったのだ、といい、壺を返すのでその下取り代と最初に払ったお金とあわせて大きな壺の代金として持ち帰ってしまう、というお噺です。瀬戸物屋はこんがらがって最後には小さい壺ももっていってくれ、というほどパニックになります。

 

 先日夕方、抑えていた気持ちが萎え、スーパーで缶チューハイとかっぱえびせんなどに手を伸ばしてしまいました。品数も多くないし、自分でバーコードを当てて支払う自動レジ(?)を使おうとしました。するとそちらには順番待ちの列ができています。となりの“人的レジ”を眺めるとそちらのほうが並んでいない。自動レジはやめて“人的レジ”に行きました。
 小銭で支払いは十分だろうとポケットからコインを出したら、500円玉1枚、10円玉4枚があり、それを手に載せていくらになるか待っていました。「257円になります」とレジ係の人がいったので、トレイに500円玉を置きました。すると私の手のひらを見ていたのでしょう、「10円を1枚置いていただければ50円玉でお返ししますが」といってきました。パニックになりました。なぜその計算が成り立つのか、頭の回転がフルスピードになったのですが、答えが出てこないうちにお釣りが出てきました。253円。100円玉2枚、50円玉1枚、1円玉3枚。あっているのかあっていないのかわからないけれど、レジの機械は自動でお釣りを計算して出してくれるのであっているはずです。もし500円玉で払っていたら、お釣りは100円玉2枚、10円玉4枚、1円玉3枚だったから、10円玉の数が8枚になっていた。
 帰りの車のなかでも考え続けました。もし500円玉で払っていたとしたらお釣りは243円。10円玉が4枚返ってくるわけですが、先に10円を払っておけば243円+10円=253円となり、50円玉1枚が返ってくる、ということに気づくのに時間がかかりました。人生けっこう長いこと生きているけれど、そのことに今初めて気づく!だからもし料金が263円だったとしたら、500円玉1枚と10円玉2枚を出せばお釣りが100円2枚、50円玉1枚、1円玉3枚となる。学生時代、数学は得意なはずだったのに。あのレジのおばちゃん、やるな。

 

 土曜日の夕方に車に乗っているときに聞くラジオがあります。FM-NHKの「ラジオマン・ジャック」。音楽もいい選曲がされているのですが、パーソナリティのやりとりが。
 先日、「一年の計は?」といったら「365日!」と答えていました。笑えましたが、あながち365日でもおかしくはないわな。つづいて「果報は?」。「大切!」。ん? それって、“家宝”? 確かに大切、大切。わが道を行く。


2018年1月3日|

樹を植える2018

 “コーヒーを育てるより 人を育てよ”
 日本からブラジルに移住し、現地で熱心に教育活動に携わった人のことばだと教えられました。
 「そうはいってもまずコーヒーを育てんと人も育てられんわな」
 そんな声も聞きました。

 

 何年生だったか高校の現国の授業で先生がいいました。
 「『人はパンのみにて生きるにあらず』と聖書はいいますが、これには別の意がある。どういうものだと思うか」
 すると同級生のひとりが答えました。
 「それでも人は生きるのにパンが必要だ」
 その答に先生がうなずいていたことが今でも記憶に残っています。その先生は年度末に退職され、大学院に進まれました。

 

 “たとえ世界が明日終わりであっても 私は林檎の樹を植える”
  マルティン・ルターは世界の終わりに向けてリンゴを植えたいと思ったかもしれないけれど、でもあえてわざわざリンゴの樹としたところにルターの確信がある。

 

 不将不逆 応而不蔵

 

 至人の心を用いるは鏡のごとし
 将(おく)らず
 逆(むか)えず
 応じて
 蔵(おさ)めず

 

 荘子はいいました。でもこのとき、荘子は木を植えることは語っていません(他のところでいっているかもしれませんが)。
 木を植えればやがては育つ。否、今育てること、育つことに心血を注ぐ、そのことが自らを育てることになるとすれば、そのプロセスがいかようなものであれ、過ぎ去ったことも将来のことも映さない鏡として今を生きることになる。
 なんの樹を植えようか。
 


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