スタッフブログ

2016年6月18日|

人間関係づくりファシリテーション7章

先週土曜日7月11日に「春期 実践人間関係づくりファシリテーション第7章『決める』」の講座を行なった。参加者は6名と少々少なめではあったが、東京など遠方からの参加者もいらして、楽しく充実した時間を過ごすことができた。
内容は本に紹介させていただいている実習「干ばつを救え!」を中心にして、意思決定の仕方や意思決定や合意形成が与える影響などについてお話をさせていただいた。
2つのグループに分かれて実習は行ったが、それぞれのグループの特徴があり、そのことを実習実施後のふりかえりではメンバー同士で丁寧に話し合われていた。1グループ3人とはいえ中心となる1人を中心に進めるグループ、3人で自由に話を進めてながら意思疎通を図っているグループ。偶然出来上がったグループなのだが、すぐにそのグループの個性が出来上がって行くのが不思議で面白い。
アンケートの書かれていたことから1つだけ紹介しておく。
「受容」⇒「合意」⇒「決める」この流れにひざポンってところです。
参加者の皆さんと、本当にいい時間が過ごせました。


2016年6月12日|

「共感的理解」を力にする

 昨日、JIEL公開講座「実践人間関係づくりファシリテーション 第6章 受け容れる」を行いました。この講座は、JIELの本「実践人間関係づくりファシリテーション」を章ごとに執筆者がファシリテーターを務めて紹介するシリーズです。昨日は春の講座で今年は秋にも開講しますので、よろしければチェックしてみてください。

 

 本をご覧いただくとわかりますが、私は担当章の小講義「受け容れるとは」の「受容と共感的理解」というところで、ロジャースの「カウンセラーの基本的態度」である次の3点を挙げて、自分や他者を受け容れ、それを表明する過程を紹介しています。

 

 1.受容(無条件の肯定的配慮) 2.共感的理解 3.自己一致

 

 この3点は、自分とは異なるさまざまな人が生きる社会で、消耗したり、燃え尽きたりすることなく健康に生きるために必要なプロセスであると同時に、人それぞれの気持ちや考え(多様性)を大切にして生きるために不可欠なことだといえます。

 

 
 ラボラトリー方式の体験学習で合意形成(コンセンサス)の実習を行うと、時間までに結論を出すということがいつのまにか忘れ去られ、話し合いのなかでお互いの意見を聴きあうことに夢中になることがあります。聴きあう姿勢で話しあっていれば、受容の風土が最初からグループにあり、共感的理解がたくさん得られます。人は誰でも「わかってほしい」、「わかりたい」という気持ちをもっているものなので、日常では見逃しがちなそんな欲求が満たされるひとときは、誰にとっても心地よいのです。

 

 コンセンサス実習自体が一人ひとりの意見の違いを可視化した上で、グループで合意形成を図っていく手順を設けているため、ロジャースの上記3点を試みやすい状況になっていることも、心地よさを得やすい一因だといえましょう。しかしながら、ラボラトリー方式の体験学習はレクリエーションではなく、行動変容をめざす学習方法です。時間の制限がある日常で実践できる望ましい行動の獲得をめざすのであれば、実習に取り組む際も決められた制限時間のなかで、いかに成果を上げられるか、考えられる行動を試みてみるといいでしょう。

 

 「共感的理解」を心地よく感じて、それを堪能することから得られる自分やグループへの信頼感があるとしたら、次はそれをいかに一人ひとりのエンジンにして、グループで成果を上げる道へつないでいくか。現実的でちょっとわくわくする課題です。「共感的理解」はきっと個人やグループの力になるはず。心地よさの一歩先にある難しさとも向き合うことで、 エクササイズで結果を出し、手応えのある満足感を得る道が開けてきそうです。


2016年6月6日|

 頂いた新茶を飲んだ。新茶が出て早々に頂いたのだが、まだ飲んでいなかった。早く飲んだ方がおいしいよと聞いて、早速煎れた。おいしかった。新海苔が出た時は新海苔。そういえば、旬の食材を節目に頂いている。旬の食材を分け合い楽しむ心もちは素敵だなと思う。
 何となく、フィードバックと似ているなと思った。フィードバックは時間をおかずに起こったその時に伝えることが大切とされている。今起こっていることから気づいたこと、感じたことを、私は…というメッセージで相手に伝えること。そのときという旬を大切にする姿勢。
 流行も旬と近い。ファッションや言葉も、まさに流行っているそのときに身につけたり使ったりするが、時間がたってからだと不似合な感じがわく。それほど流行を追いかけるタイプではないのだが、それでもいくつかは流行を取り入れたりする。流行の服は、翌年着ようとすると時が過ぎてしまった感じがする。
 日ごろなるべく「今」をつかんで伝えたいと思っているが、普段のちょっとした感覚と似ているなと思った瞬間だった。


2016年6月1日|

まほろば、そしてジョハリのミステリー

 植木屋さんがいうには、これは剪定の仕方がよくない、3年は花が咲かないだろう、というのでがっかりしていました。2年目になり、葉は囲いを飛び越すように生えました。ふと顔をあげればそこには一輪の花。誤った育て方をしたにもかかわらず、生命は自ら生長をし続け、開花しました。

 

 「やまとはくにのまほろば」の大和の国。その国におうかがいできるのは、私の大きな楽しみのひとつです。今年は早めの電車に乗り、ホテルに到着してすぐに着替え、畝傍山一周のランニングに出ました。畝傍山は耳成山、香具山とあわせて大和三山のひとつです。「こんにちは」、「ゆっくり行きや~」(語尾ははっきり覚えていないけれど)とか、走っていると大和の人はあちらからこちらに声をかけてくれます。まさにまほろばです。

 

 ここのところ、私たちJIELの有志メンバーが集まり、NTL Institute(National Training Laboratory Institute)の古い英文を翻訳しながら、とくにTグループを中心とした学びの場をつくっています。最近、そのなかで取り上げられたのは“ジョハリの窓”です。ジョハリの窓は、今は多くの人がご存じではないか、と思います。
 ジョハリの窓は、1950年代にジョゼフさんとハリーさんが考えだしたものです。”ジョハリ”という名前は、ジョゼフさんの“ジョ”、ハリーさんの”ハリ”をくっつけたものであることは想像できることです。おもしろいことに原文には脚注にこんな記述があります。

 

In Sanskrit it means,”The god who sees within.” In Swahili it means, “The essence of things.”

 

 「サンスクリット語では、「内を見る神」の意。スワヒリ語では「ものごとの本質」の意」といったらいいでしょうか。

 

 その後、フレデリック・ミラーという人が、おそらく1980年代と思いますが、ジョハリの窓を再考し、”Opening the Johari Window”としてまとめています。フレデリックさんの記述するジョハリの窓はなかなかユニークで、いわゆる田の字の窓ではありません。彼の表現するところでは、未知の領域は”Mystery”です。開放の領域を広げる自己開示には”Exposure”の単語を使っています。
 その論の最後に彼は、「私に協力し、シェアし、露呈してください。そうすれば私は成長できる。そう、私はなりうるベストの私になることができる。あなたは私の真実の一部を握っている。あなたがあなたの中にある私というものを私とシェアしてくれたら、私はよりよい自分自身になりうる。おまけは、あなたが私とシェアすれば、あなたもまた成長する。私たちはともに私たちがなりうるベストの私になることがよりよくできるのだ」と締めています。

 

 あなたが2年越しに花一輪を開いてくれたこと、大和のあなたたちがやさしく声をかけてくれたこと。まほろばでの出会いは、私の内なるミステリーを開墾していきます。
 来年度、もし機会が与えられるなら、今度は香具山、そして甘樫丘を目指して走ります。そこにはどんなミステリーがあるか・・・。


2016年5月25日|

参加者からのフィードバック

 先日、3日間の研修を終えて、参加者からのアンケートが主催者より送られてきました。
その中にハッとする私へのフィードバックがあり、今後の私にとってとても貴重な意見を頂けたと思いました。
それは、「途中、途中で先生方が私達に質問をしてくださいましたが、学生同士の質問コーナーもあった方がいいと思いました。私自身、みんなへもっと質問をしたかった・・・・」という感想が書かれていました。「さらに、なかなか質問をすることができなかったけれど、もし、講師への質問ではなくて、『皆さんへの質問でもいい』という一言があったら勇気が出たのカナ・・・。」と締めくくってありました。
 私はこの文章を読みハッとさせられました。
みんなで学び合うという場づくりをしていこうと思って研修をしていましたが、参加者同士の学びを促進するということが、私には足りなかったのだと気づきました。
この学生さんの言葉を肝に銘じて、これからの研修につなげていきたいと思います。


2016年5月19日|

意味ある場所

一昨夜、昨夜はHCC(JIELの所在地)に足を運びました。
一昨夜は研究員の勉強会で、NTLの英文資料を読みました。
興味深い資料を20本ほど読み続けています。
(私は英語が苦手なので殆ど貢献できていないのですが、学ばせてもらっています。)
今回も「ジョハリの窓」やTグループ後に日常でどのような言動を起こしやすいかを、少しコミカルに書かれたものを「なるほど」と納得しながら読みました。「ジョハリの窓」も馴染みのものなのですが、新たな発見もあり理解を深められたのではないかと思っています。今後は自分のレクチャーでも学んだことを生かしていきたいと思っています。
昨夜は、月に1回の「ラーニングカフェ」でした。私は日常は全く違う状況で働いている、魅力的な方たちに出会えるこの時間が結構好きです。昨夜も初対面の方や久しぶりに会った友人、馴染みの方たちとの会話を楽しみました。その中で、親子ほど世代の違う方から話を聞き、自分とは違う物の見方を知り興味深く思ったり、共通の感覚などに触れて嬉しくなったりしました。毎月行われているものなので、これからも多くの方に参加していただいて、刺激を受けられたらいいなぁと思っています。
自分にとって単なる場所ではない空間があるなぁと思っています。HCCもそのような場所の1つとして存在しているのだと思います。多くの人にHCCがそのような場所だと思ってもらえるといいと思っています。


2016年5月17日|

Tグループを学び続ける意味は?

先日、Tグループについて仲間と対話をする機会がありました。ワールドカフェ方式で、「Tグループの魅力」「Tグループが私にもたらしたもの」「Tグループができること、できないこと」そして「Tグループを学び続ける意味」という4つの問いを立てて話し合いを進めました。自分のTグループとの出会いから今までのこと、そして何を目指しているのか、を改めて自分に問い直すことで、大きな宿題を突き付けられた思いになりましたが、同時に思い出したことがありました。
私のTグループとの出会いは18歳、短大1年生のことでした。細かなことは覚えていませんが、メンバーの一人に「いっちゃん(私のことです)はいっちゃんでいいんだよ」と言われた言葉にとても大きなインパクトを受けました。それまで私は自分に自信がなくて、「自分のままでいい」なんて思っていなかったからです。すっかりTグループに魅了されて、短大を卒業した後も、何度も毎年のように参加しました。私にとっては私が自分であることを許される、年間行事の1つになっていました。自分が思ったこと感じたことをストレートに他者に伝えられることに快感を持ち、ある意味ストレス発散をするための時間になっていたと思います。
いつの日か、毎年の年間行事ではなくなりました。Tグループと日常は確かに全然違いますが、Tグループで体験したことを日常と全く切り離して、「あの場で起きたこと」としてしまっては意味はないと思ったからです。よくチェンジエージェントという言葉が使われますが、Tグループで学んだ私たちが、私たちがそれぞれ生きる場でどのように生かし、実践していくかが重要であると改めて思いました。


2016年5月5日|

こどもの日

GWでブックオフに出かけた。
「365日のスプーン」というおーなり由子さんの本に目が留まる。

 

5月5日のページ。

 


迷ったら――
わたしのなかにいる
ちいさいこどものわたしに
たずねてみる。

 

「どうするのが たのしい?」

 

「なにが すき?」

 

おーなり由子  「365日のスプーン」  大和書房   2005年12月25日

 


日頃の自分。
楽しいこと。好きなことで選んでいるかな。
しなければならないことに追われていないかな。

 
小さいころ自転車で海まで出かけて
時間がたつのも忘れて遊んでいた。
あっという間に過ぎてしまうので
時計の針を前倒しにしていた。
夕陽に押されて自転車をこぐ。

 

こんな問いかけをたまにはしてみよう。


2016年5月1日|

「学びの祈願祭」、そして「学びの収穫祭」へ

 ブラジルに住んでいたとき、驚いたことがいろいろあります。そのひとつが「バチーダ・デ・マラクジャ」。バチーダはカクテル。マラクジャはパッションフルーツ。バチーダ・デ・マラクジャは、カシャーサというブラジルの焼酎のような酒をベースにし、パッションフルーツで割ったカクテルです。それまでに飲んだことがない新鮮な味でした。
 日本のホームセンターでマラクジャの苗を見つけ、買ってきて植えました。驚いたのは、植えてまもなく枝はぐんぐん伸び、葉はあちこちに広がり、家の軒を占領するほどの成長ぶりです。ところが楽しみにしていた実はひとつもなりませんでした。「肥料がたりないね」という人もいれば、「もうひとつ苗を植えて受粉させなくちゃいけなかったよ」という人もいます。「南の国の植物だから、冬は家の中にいれたほうがいいよ」と植木屋さんにいわれましたが、なんとか冬を越せるだろうと高をくくっていたところ、葉は黄土色でかさかさになり、落ちてしまうようになりました。やむをえず春先に根から抜いてしまいました。バチーダ・デ・マラクジャの夢はついえた。

 

 4月23日から26日まで清里の清泉寮で「JIEL 春まつり:学びの祈願祭」が行われました。「さまざまなファシリテーションにふれる」という副題のとおり、ぎっしりと詰め込まれた内容でした。マインドマップ、インタープリテーション、セルフ・サイエンス、POPO、グループの成長のための診断と働きかけ、ナイトハイク、毎夜のラーニング・バー、・・・。参加された人のアンケートを読むと、もう少しゆったりしたほうがよい、といった声も聞こえるくらいです。
 私自身も(その他の原因もあって(笑))寝不足の日が続きましたが、そこそこよかったのではないか、と思っています。手前味噌のように聞こえるかもしれませんが、その理由はこうです。今回のそれぞれの内容はそれを完遂するには不十分かもしれないけれど、さまざまな内容の核やベースとなるところ、その入り口を体験することができた。参加された人たちはそれぞれの関心領域があり、持ち味がある。それぞれの人がそれぞれの苗を見つけ、それを日常や現場で育てていくそのきっかけになったのではないか、と思うからです。そして、それぞれの人が持ち帰る苗に必要となる、あるいはさらに成長させてくれる肥料や水や日の光となる仲間ができた、と思ったからです。
 11月に「JIEL 秋祭り:学びの収穫祭」が行われます。どんな実が収穫され、どんな話を聞くことができるか、ともに種を、苗を植えた仲間の再会が楽しみです。

 

 ホームセンターでミニ・トマトの苗を見つけ、買ってきて植えました、清泉寮のミニ・トマトが甘く、おいしかったので。


2016年4月17日|

新年度のスタート

新年度が始まって半月以上が過ぎました。
街の様子も桜はすでに散り、ハナミズキが綺麗に咲き誇っています。
ここ数日、九州では大きな地震が起こっていて心配です。
人間は自然に抗うことはできませんが、これ以上被害が大きくならなければいいと願うばかりです。
被災者の皆さん、その関係者の方々にもお見舞い申し上げます。

私の新年度初めてのJIELの仕事は、京都府の私学幼稚園新採用者研修でした。
花見で賑わう京都の御所近くの会場でした。
会場いっぱいのスーツ姿の新人さんたちは、初々しく緊張感も感じられましたが、どこか華やいだ感じがあり、桜に彩られた戸外の景色にも似ていました。
私は新卒で組織に入ることがなかったので、皆さんの気持ちをちゃんとキャッチしているか分かりませんが、すっかりお母さん気分になって上手く社会人のスタートが切れればいいなぁと思わずにはいられませんでした。

研修はアイスブレイクや情報紙を用いた問題解決実習を中心にしたグループワークを行ないました。
会場中に若い声が響き、積極的な熱気の感じられる時間を過ごすことができました。
この体験が、これから支え合っていく仲間づくりのきっかけになってくれれば幸いです。

新年度は特に節目でなくても、少し緊張感があり改まった感じがします。
そんな時間を未来ある若い人たちとご一緒できたのは、私にとって嬉しいひと時になりました。
この研修はスタッフとしてもJIELを理解してくださる2人の方とご一緒したので、それも私とってはありがたく刺激もありました。
とても気持ち良く新年度をスタートすることができました。

11月の終わりに同じ方たちに再度研修を行うことになっています。
その時が今から楽しみです。
私もその時、成長した彼女たちに負けないように、一つひとつの仕事をしていきたいと思っています。

本年度もどうぞよろしくお願いします。


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