スタッフブログ

2014年12月26日|

来年への意気込み!

 自分の職場でラボラトリー方式の体験学習を用いて、研修をしたいと思って南山大学の大学院に入学したのは2004年でした。
 それから、何度も職場のトップに研修の話しをして、2011年から職場での研修が本格的に認められるようになりました。その後、無我夢中でこの3年間を過ごしてきました。この3年間には、JIELの皆さんにもいろいろとお手伝いをしてもらい、管理者研修も何度か実施して充実した3年間であったと思います。
しかし、ここにきて「私がこの職場からいなくなったらこの研修はどうなるのだろう」と思い、継続していくためにも職場内で後継者を作りたいということが次の私の目標になりました。そのためにこの1年間は職場での話し合いを行い、どうすることがいいのかを模索してきました。でも、なかなか思うようにことは進まず、少し落ち込むようになり、ネガティブになっていました。
 そのような状況の中、この間、JIELの忘年会があり、津村先生や次の自主講座での企画を岸田さんが提案している姿をみて、自分が恥ずかしくなりました。その時に感じたことは、できないことやうまくいかないことに愚痴をこぼして、嘆いてばかりいても仕方がないと思うようになりました。それに自分の自主講座の企画も特に新しいことがなく、もっと、参加者が「この研修に出たい」と思うような魅力的な企画をしないといけないと思うようになりました。
 そこで、来年のブログでは自分のさまざま取り組みを取り上げていきたいと思います。これを読んでくれている皆さんが応援をしてくれたり、率直な意見をしてくれたらうれしいと思います。


2014年12月19日|

いざという時のために

今日の名古屋は大変な雪でした。
20cm以上の積雪は都会の名古屋では滅多に味わえません。
天気予報でもここまでとは思っていなかったようで、気象予報士さんが謝っていました。
雪景色は綺麗なものですが、慣れない都会っ子は戸惑いが大きいものです。
雪でも安全に歩ける靴を持っている人も少ないでしょう。
我が夫は、どちらかというと用心深い人なので、今日の出勤はスノトレを履いていきました。
スキーにも行かなくなって久しいので、何年ぶりかの登場です。
交通機関もすぐに乱れてしまいます。
都市高速は閉鎖、セントレアもほとんど欠航になったようです。
もちろん市バスはほとんど遅れていましたし、運行を取りやめた路線もあったようです。
しかし、そんな状況の中でも真面目な日本人は、職場に向けて一歩ずつ歩みを進めていました。
私はラッキーにも今日は午前中に出かける予定がなかったので、雪景色を綺麗だと眺めていることができました。
ところで、私達は何年かに1回のことに、どのくらい備えておかないといけないのでしょうか?
断捨離では1年使わなかったものは処分するとも言います。
地震のために非常持ち出し袋を作り、雪のために安全な靴を用意し、水不足のためのバケツを仕舞い込み、自然災害以外のことでも病気や事故に備えて保険に入り、いざという時のために礼服や一張羅を用意しています。
その中には、手間などを考えたら馬鹿馬鹿しいようなこともあるように思います。
でも、私たちはその時困らないように準備しているのです。
これも勤勉で慎重な気質の日本人だからでしょうか。
ちょっと話は違いますが、今晩は南山大学吹奏楽団の定期演奏会でした。
少しゆっくり音楽でも楽しもうと出かけてきました。
彼らもまた、定期演奏会のために毎日練習をし続けていたのでしょう。
色々なことに対応できるように日々努力を重ねることも、非常事態や特別な時に柔軟に動けることも、どちらも人の大切な能力のように思います。
もうすぐ新年を迎えるこの時期に、自分はどのような日々を送りたいかを考えるのもいいかもしれません。


2014年12月12日|

マインドチェンジ

 ものの見方や思考パターンを変えること。今年はいつもの自分の考え方を少し変えて、新しいことにトライしてみた。今までは「ちゃんとできるようになってから」「まだまだ自分は力不足」と、完璧な状態でないとやることをためらう傾向があった。中途半端な状態で引き受けるのは失礼だと「謙虚」なつもりだったが、できるようになってからやろうと思っていると、いつまでたっても半人前に留まってチャンスが巡ってこない。それに実は、できない理由を言い訳しているのかもしれない!?。トライしてみることで自分にいい意味でのプレッシャーをかけていくことにもなる。最近、ようやく少し考えを変えてとらえられるようになった。できるように力をつけていくことは大切。けれど、やってみる中で気
づくこともある。
 そんなわけで挑戦したのが、全6回の英語の講座を受講することである。毎回課題が与えられ、次の回までにグループごとで準備を進めていく。最初のうちは日本語で進めていくが、途中から英語で表現をしていく。グループの話し合いについていくだけで四苦八苦の状態だった。英語という、使いこなせない足かせがあるだけでなく、さまざまな業界や仕事、経験をしているメンバーとの話し合いは、チームでひとつの課題を達成していく過程そのものがとても刺激的だった。
 「わからない」という状態にどっぷりつかる感覚を久しぶりに味わった。日常の仕事はある程度経験知の中で対応していることを改めて実感した。新入社員が右も左もわからない感覚もこんな感じだったかなと思い出す。
メンバーでお互いに意見を出し合う、相手の意見を聞きながら、合意形成していく。関係づくりと課題達成を同時に取り組んでいく。課題はもう一つだったけれど、お互いに率直に語り合えたり、短いサイクルで毎回異なるメンバーで課題をこなしていく体験は、まさに体験学習の課題解決実習を体験している感覚だった。
講座は東京で開催されたので、グループの打ち合わせはSkypeを使うこともあった。便利ではあるが、やはり同じ場で顔を見ながら話すのとは異なる。発言が出遅れたり、相手の発言を充分に聴けた感覚がもてなくて、話し合いに参加している実感が薄くなる。でも、ときと場合に応じて、いろんな便利な道具や手段を活用するといいとも感じた。
 パーフェクトでなくてもチャレンジしてみようという思いで臨んだが、わからないという感覚やできない自分がなんとももどかしい思いを味わったり、いろんなフィールドで、いろんな価値観をもって、柔軟に行動する素敵な仲間とも出会うことができた。ちょっと変わってみるのもいいかな。


2014年12月1日|

味わう

 奥三河だったか、天竜川を超えた静岡県側だったか忘れました。廃校になった小学校をレストランにしているところがあるそうです。とくに特色のあるメニューがあるわけではありません。ですが、特色のあるレストランです。
 夜。人がやってきます。皿が並べられます。客が食べます。普通に時間が過ぎます。普通でないのは、そこに明りがひとつもないことです。明かりがひとつもないため、客は真っ暗闇の中でフォークとナイフを動かします。困惑します。次第に慣れるのか、食べることに意識が向きます。やがて食に惹かれます。
 「味わうとは、喜びに対する意識およびその意識を持続させる意図的な試みのこと」。今、私が読んでいる本に書いてあります、「習慣的に味わう人々は味わわない人々に比べて実際に幸せであり、全般的に人生に満足しており、楽観的であり、抑うつに陥ることが少ない」。とくに食事を味わうことについて書かれているわけではありません。「何かよい出来事(嬉しい出来事)に出会ったときには、立ち止まってそのことに注意してみる」。
 暗闇の中で食事を摂ることがよい出来事かどうかはともかく、暗闇の中で食事をすることが、その時は立ち止まって食することに注意している、ということは間違いないと思います。すくなくとも視覚は遮断され、そのせいなのか残された聴覚、嗅覚、触覚、味覚が、それを補うかのように機能し始める。食を味わおうとする。
 おそらくひとつの機能をあえて遮断までしなくても、私たちは私たちの持っている機能を十分に働かせ(あるいは、眠っている機能を奮い起させ)、そのものを、その体験を味わうことはできるのではないか、と思います。暗闇の中で食事をすることがよい出来事であると期待するならば、それを味わう体験をすることによって幸せと感じられる。であれば、暗闇の中でなくとも私たちは、その意識をもって意図的に試みることでそれを味わうこともできるのではないか、と思います。
 ニューヨークには、真っ暗闇レストランがはやっているそうです。でも、その意図は知りません。


2014年11月26日|

愛犬「チロル」

チロル.JPG我が家には、保護して9年目になる愛犬のチワワがいます。名前は「チロル」といいます。娘がチロルチョコ好き?なのでそのお菓子の名前をもらいました。
チロルは、娘がまだ中学生の時に下校途中で見つけた犬です。友達3人で近所の公園を通ると、トイレの隅で足に怪我をしてブルブル震えているチロルを発見しました。娘たちは何とか保護しようとして抱きかかえようとするのですが、チロルも怪我をして恐怖から噛みついてどうしようもなかったようです。そこで、おじいちゃんに頼み込んでようやく保護できたのでした。
最初は、お互いに慣れなくて世話をするときに何度か噛まれたこともありました。足の怪我は数週間で治りましたが、今も足を触られることは嫌いです。それでも、9年の月日が経ち家族の一員として共に暮らしているといなくてはならない存在になっています。
今年、義父が亡くなった時、亡くなった義父の足元から離れず家から出棺する際にとても悲しい表情だったことは忘れられません。言葉は言わないけれど以心伝心とても言いたいことが伝わるのです。
チロルを見ていると私たち家族をとてもよく観察しています。一人ひとりの行動をよく観察しており、誰がチロルに甘いか、厳しいかなどそれによって家族で使い分けています。
私も、この9年間チロルに支えられてきました。それは、チロルが我が家に来た時には、大学院で修論に悪戦苦闘している時でした。いつもパソコンに向かっているときに私の膝の上で丸くなって、私が寝るまで私と共にいるのか日課になっていました。それから今でも家で資料を作成しているとき、原稿を執筆しているとき、必ず、チロルが私の膝に上にいるのです。膝の上でずーっといると足が痛くなったり、しびれてきたりするのですが、不思議と辛いことも頑張れるのです。
私はもともと犬好きでしたが、チロルを飼ったことで私の中の価値観も大きく変化しました。いろいろな経験が自己概念を大きくすることや培われていく価値観にも大きく影響を及ぼすことがありますが、チロルを通して実感しています。でも、一番大きく変化したのは、義母だと思います。
犬嫌いだった義母は、今や孫のような存在になっており、第一にチロルのことが優先されます。私が夜勤でいない時も一緒に寝てくれるのは義母であり、家族が少なった我が家で笑いと癒しを与えてくれているチロルに感謝している毎日です。


2014年11月20日|

優柔不断

11月も半ばを過ぎて、来年度の予定の話がよく出るようになりました。
私は非常勤講師でさまざまな所に伺っているので、この時期になると来年度の予定をパズルを埋めるように考えていかなければなりません。毎年声をかけていただいてありがたいことでもあるのですが、できる限りどこにも迷惑をかけないように予定を組むのも悩ましいことなのです。
先日少し時間が空いたので、手帳と日程を考えるためのスケジュール表を探しに行きました。
予定を考えるスケジュール表は数か月見渡せるものが良いので、3か月一覧になっているものを買い求めました。
でも、手帳が難しくて…
見開き1カ月で、14年12月から16年3月までのものが希望なのははっきりしているのですが、あとは気持ちがいろいろ動くのです。まずはデザインとボリューム。A5かB6サイズであまり厚くなく、ビニールカバー付きが希望なのですが、デザインは可愛いものかすっきりしたものか。色は暖色系それとも寒色系。1年間ずっと使うものだし嵩張らない方がいいけど、メモのページも欲しい。各都市の交通地図や年齢早見表、郵便料金等はあったら便利かな。印紙税額やヘルスチェックはいらないな。アドレス帳はいるかな。カレンダーは17年まであった方がいいな。などなど…
いくつも見ていると、もう頭はぐちゃぐちゃで、どれがいいのか全く決められない。
結局決められずに帰ってきてしまった。
あーあ、私って案外優柔不断。
まあ、12月になるまでには手に入れたいと思っているので、もう少しだけ迷ってみよう。
読んでくださっているあなた。
あなたはどのように決めていますか?
定番にしている人は、何を決めてにしたのだろう。
ある意味尊敬してしまいます。


2014年11月12日|

ひとときの変化

ある勉強会でよく会う方が、1年前は妊婦だったのに今は子ども連れでいらっしゃいます。お子さんは会うたびに大きくなり、生後半年以上経った今はハイハイが上手です。頬が赤く健康的で、みんなの視線を釘付けにするかわいい笑顔が魅力。そんなお子さんの成長を見ていると、自分はこの1年間で何が変わったのかな、と思わず反省してしまいます。
昨日は母が人工関節を入れる手術を受け、夜、病院へ術後の様子を見に行くと大変痛がっていて心配になりました。痛みどめの点滴を使用規程ギリギリの頻度で使っても収まる気配がなく、途方に暮れる気分でした。とはいえ、私が心配に明け暮れても母の回復とは関係がないので、今日は朝から大学で仕事をして、夜8時頃に再び病院を訪ねてみました。
すると、昨日は身動きもできず、ひたすら痛みを訴えていた母が何とベッドで半身を起こしていたのです。今日は普通に話すことができ、買っていったヨーグルトを「おいしい」と言いながら自分で食べてくれました。たった1日でこの変化は驚きです。しかも、病院の食事はとてもおいしく完食したと言います。人間の強さ、生命力を感じました。
人が生きること、生きる力は素晴らしい。日常の目先のことに追われていると、そんなことを忘れてしまいがちですが、今日は母の変化を見てうれしく思うと同時に、自分にもこういう力があるのだと思いました。生きる力を大切にしたい。日常の出来事や一つひとつの体験をもっと味わい、楽しんでいきたいと思いました。


2014年11月7日|

大人になると、学びたくなる!?

 「大人になると、なんで勉強したくなるんでしょうね。学生時代は、面倒だなー、単位が取れたらいいやとしか思わなかったのに。それに昔は、京都の寺とか全く興味なかったのに、最近は面白いと思います。」この間、若手社員と話していたときの会話。
なんでだろう?大人になるともっと勉強しておけばよかったとか、今まで興味がなかったことも面白く思えるとか、学ぶことへの意欲を感じる発言をよく聞く。他の人にも聞いてみる。『子どものころの「学ぶ」は、学ぶことが決められていて、「学ばされる」。学ぶ内容が合っている子はいいけれど、「勉強しなさい」と言われて勉強する子がほとんど。大人になって勉強するのは、自分の学びたいことを学ぶ、学ばなければいけないという意味がわかる、学ぶ必要に迫られるから。」
 学校で学んだことや学ぶという体験そのものは、仕事をしていく上でベースにはなるけれど、社会人になってそれ以上のいろんな力が必要とされることを実感した。そして、自分には足りない!と痛感する。まずは、相手と関係をつくって、ニーズを聞き出すこと、何を求めているかを的確に把握し、課題を解決するために、他の人と協力してチームで知恵を出し合いながら成果を出すということ。自分の伝えたいことが意図通りに伝わらなかったり、チームのメンバーと意見が合わずに頭を抱えることもある。目上の方と話していて、視野の広さや思考の深さに圧倒されることもある。実践の中でがんばっているからこそ、必要だと感じることやもっと学んでみたいと思うことが出てくる。
 自分にとっての必要性や必然性が感じられると、学びへの意欲はぐんと高まる。そして学ぶことは、いつからでも遅くない!社会に出てからの学びは、実践の中で感じたリアルな問題意識と試行錯誤した体験と、これまでに進化してきた理論を掛け合わせることができて、とても刺激的な学びになる。
 「もっといろいろ学びたいと思います。」若手社員と話していて、どんどん自分の世界を広げて、成長してほしい、そんな思いを感じながら、自分自身にも学びへの刺激をもらったひとときでした。


2014年11月3日|

やもり

 寝ようと思って、部屋の電気を点けた。壁になにやら得体のしれないものが…。ん?とかげ?でも、あのギラギラしたてかりがない。わかった、やもりだ。
 やもりは害虫を食べてくれるので、「守宮」と書いたり、「家守」と書いたりする。でも、夜に突然顔を合わせると、こちらはあまりいい気がしない。
 たぶん、あちらもいい気がしないのだろう、見ていると動かないのに、ちょっと目を離すと少し動いている。また目を離すと、別のところに。「だるまさんがころんだ」をしているよう。
 ふとんに入り、寝ようとするが、なんだか寝つけない。「だるまさんがころんだ」をしているときはいいけれど、だるまさんが寝てしまった間にあいつが枕元にやってきて、耳たぶを噛んだらどうしよう、と思ってしまう。そうこうして朝がきたら、あいつはいなくなっていた。
 夜になると、秋の虫が鳴く。その鳴き声のなかに、いつもの年にはきかないような「チッ、チッ、チッ」と鳴く声。あれはやもりが鳴いているのかな。どうにも無碍にして遊んだやらなかったから鳴いているのかな。
 だるまさん 遊ばずに行き 床に行き 家守は見ずや 我が袖にす


2014年11月1日|

後悔

 最近読んだ本に、歳をとると後悔することが少なくなる、と書かれていました。人生の残りの時間が少なくなってきて、後悔しても仕方がない、と思うからでしょうか。後悔することは、若いということ、とも書いてあります。
 「我、事において後悔せず」といったのは、宮本武蔵。先の本の説に照らせば、このことばを発したときの武蔵は高齢だったのかな、と思って調べてみました。高齢とはいえなかったですが、病に伏せ、おそらく死を覚悟していたころのことばのようです。
 剣の道を極めた武蔵は、ものごとに執着することから離れ、その域から突き抜けた、達観したことで後悔ということからも解放された、と初めてこのことばを知ったとき、思いました。悔いを残さないまで事にあたったのか、事にあたっても悔いを悔いとは思わないほどの精神性をもったのか、悔いはしてもそれを次の事にあたる肥やしとして活かしたのか、はたまた死期が迫っていたからなのか、…。いろいろの解釈が考えられそうですが、武蔵に会ったことがないので事の真意はわかりません。
 霜降も過ぎ、来年の手帳を買いました。買った手帳に今年の名言集が載っていました。
「お前、一年前の悩み言える?」。
 武蔵には悪いけれど、後悔とは違うけれど、わたしにはこちらのほうがなんだかすっきり入ってきます。今も後悔はします。それはまだ若い、ということにしておきます。


1 / 6123456

カテゴリー

最新の10件

過去ログ