所長ブログ

2014年10月2日|

新しい年度に向けていろいろな妄想①:研修ファシリテーター養成プログラム案

 時間ができると、2015年度にもし自分が新しく何かラボラトリー方式の体験学習に関わるプログラムを実施するとどんなことができるか?また、どんなことに社会の人たちは関心をもっているのだろうかと、妄想を巡らせています。
 ちょうど、本日来客があり、ファシリテーターやファシリテーションのこと、グループワーク、グループプロセス、リーダーシップなど、いろいろとお話をすることになっていました。
 そのこともあって、標題に書いたように「研修ファシリテーター養成プログラム案」といえばいいのか「体験学習ファシリテーター養成プログラム案」といえばいいのか、「体験学習デザイン・ファシリテーター養成プログラム案」といえばいいのか、思いつくままに、メモ帳に書き並べてみました。そうすると、ちょうど⑮コマ(3時間)の流れができました。
写真(津村の研修ファシリテーター養成プログラム案:20141002)).jpg
と描いてみたものの、あれ、これやるのなら、大学で講義しているのと同じことになるじゃん・・・と一瞬心で苦笑い。
 ただ、もしニーズがある、学びたい人がみえるなら、こうしたプログラムの実践は、今後も、ラボラトリー体験学習を学んだ一人として、おこなっていきたいものです。
 こうしたプログラムは、南山大学大学院人間文化研究科教育ファシリテーション専攻で、おこなっている専門科目「体験学習ファシリテーション基礎研究」「体験学習設計研究」「体験学習ファシリテーション応用研究」でやっていることでもあるのです。


2014年9月29日|

教育研修をデザイン(設計)することで大切なことを考えるプログラムの実践

 昨日9月28日(日)の9時30分から12時30分までの3時間、(社)日本産業カウンセラー協会関西支部 平成26年度シニアコース講座「KO800 教育指導」を担当してきました。
 結構このコースの担当が長くなってきています。この間、少しずつプログラムも充実とというか、自分ながらに納得のできる流れになってきているように感じています。ここで、一度簡単に記録もかねて、ねらいと流れをまとめておきます。研修デザインに大切なことを考えるプログラムとしては、一つの進め方ではないかと思っています。
 さて、「教育指導」という科目として、日本産業カウンセリング協会における学習のねらいと学習の要旨ではかなりの知識・技能・態度の涵養を求められています。冗談まじりに、「これだけのことが3時間でマスターできれば、すごい科目ですね!」と話してからスタートしています。
 そこで、私なりに、これらの中身を少しでも実現する(体験して学ぶ)ためにつぎのようなプログラムで実施しています。
 まず、ねらいですが、
○ 産業カウンセラーが社会人を対象とした各種の教育や研修を実施するに際し、指導が効果的に行われるための基本的な考え、態度、技法を学ぶ
○ 実際に参加者が『研修プログラム設計において大切なことは何か』をディスカッションすることを通して、教育指導の基本的かつ重要な視点を学ぶ
○ グループ活動時に起こるプロセス(自分や他者の動き、コミュニケーション、意志決定、リーダーシップなど)に気づくとともに、自分のありようを学ぶ
 上記の3点を実現するのも大変ですが、参加者の方々の関心のどこかに触れることができればと思い、説明しています。
 そして、プログラムは、以下のような流れです。
1.導 入
  あいさつとねらいとプログラムの流れの説明
   (1)ねらいづくり
      私の窓:①今の気持、②私のねらい(取り組みたいこと、学びたいこと)
   (2)グループを作る(5~6人ぐらい)
   (3)チェックイン:「私の窓」の分かち合い
2.グループワーク
   (1)個人で考える:「研修プログラム設計で大切なことは?」メモ(5分)
   (2)グループの自立的運営:役割決め
   (3)グループで話し合う:「研修プログラム設計で大切なことは何か?」を話し合う(40分)
→模造紙に描く
   (4)グループで考えた『大切なこと』を発表する(1グループ3分)
   (5)ふりかえり用紙記入→わかちあい
3.まとめ
  教育研修を設計する際に大切な視点に関する発表をもとに、コメントする
  ・学習内容について
  ・学習評価について
  ・プログラムの設計と実施について
   教育者に求められるものは→“内省的実践家になれ!”
 研修の最後に、津村は大好きなD.ショーンの「内省的実践家になる」ことを、そして、研修、ラボラトリー方式の体験学習では、よく使われる「エントリー(Entry)」と「リエントリー(Re-Entry)」のお話を慌ただしい中、話させて頂き、昨日は、修了しました。
 6グループがプレゼンテーションされた「研修をプログラム(設計)する時に大切なことは何か?」です。どのグループもすごく熱心に取り組んで頂けました。
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■参考資料
プロセス・エデュケーション~学びを支援するファシリテーションの理論と実際~ 津村俊充 2012 金子書房


2014年9月25日|

今日は63歳の誕生日。気持ち新たに、残された人生の誓いを・・・

 本日(2014年9月25日)、63歳の誕生日を無事に迎えました。こんな年になるとは20代の時には思いもしませんでした。半分冗談で話しますが、28歳になってその後は、あっという間の35年間でした。
 ただ、神戸大学で開催された日本教育心理学会の会場で、大学の先生に現場の小・中学校の先生の「現場の研究を馬鹿にされた」という怒りに近い感情から、急遽大学院をめざし、一年名古屋大学でお世話になって、なんとか大学院入学したのが1975年。あれからほぼ40年。なれない大学という世界に足を踏み入れ、それから38年近く。その大学が、南山短期大学人間関係科という、それはそれはとてもユニークな体験学習を柱とする徹底的な教育中心の大学だったから、私はこれまでやってこれたのだろうと思います。それは、深い感謝のなにものでもありません。出会った関係の先生方、そして学生のみなさん、私がラボラトリー方式の体験学習にずっぽりとつかり、学ぶことができたことが、私の人生のほぼすべてを形作っています。
 出会ったすべての方に深謝です!!
 学び手中心の教育は、ラボラトリー方式の体験学習に出会う前から、私の中にはずいぶん土壌はできていたようです。大学時代のサークル(青少年研究部)の活動、手作りの教えない塾経営など。それらのすべてがうまく絡み合って、今日までやってこれたのだろうと思います。
 期せずして、ほぼ20年を経過後に、南山学園における南山大学改組とからみ人間関係科を廃止して、教育学科の先生方と人文学部心理人間学科の設置、人間関係研究センターの設置と、20年間近く大切に育ててきたラボラトリー方式の体験学習という苗をその後15年かけて、大輪の花に育てることができたのではないかと思います。私の中では、大きなクールが一つ終えた感じです。高等教育機関として、短期大学に「人間関係」と冠する学科が誕生してからほぼ40年です。ちょうど、先日(9月14日)にニンカン40周年記念パーティも、卒業生の手づくりで開催することができました。彼女らの中には間違いなく「ニンカン魂」(私を大切にする・相手を大切にする心)が宿っているのは間違いないようです。
 私は、来年2015年3月末日をもって、南山学園南山短期大学→南山大学とお世話になった職場を卒業します。これまで慌ただしく過ごした日々を顧みると、もう少しゆっくりと過ごす時があってもよいかと思っての決断でもありました。少なくとも、「にんかん巡礼」「心理人間巡礼」と称して、卒業生のところを訪ねていき、彼・彼女の活動をブログに掲載し、卒業生同士がまた新しいつながりを創るような活動ができればと考えていました。
 ところが、この決断をした頃から、周囲の方々からのさまざまなお話やいろいろな出来事が生まれ、このままラボラトリー方式の体験学習を探求してきた身として、このままラボラトリー方式の体験学習から身を引いてもいいのかと思い始めたのです。人が人を大切にし、ともに生きる喜びや楽しさを感じながら学んだり仕事をしたりできる場を創っていくことに今しばらく貢献してもいいのかもしれないと思い出しました。そうなると、だんだん小さなそうした思いが大きな思いに、それは野望にさえなっていっている気がします。果たして、どれぐらいのことができるのかわかりませんが、2015年4月1日から、新生「日本体験学習研究所(JIEL)」として、一段と活動を活発にして、社会に挑戦していきたいと考え始めているのです。
 何をやるかは、まだまだ未知数のところがありますが、このようにもう少し新しいことにチャレンジしながら、ラボラトリー方式の体験学習を大切にすることを誓って、誕生日の挨拶にさせていただきたいと思います。
 随時、新しい企画は、FACEBOOKなどで公開していきます。
 追伸:この間に、亡くなられた恩師大橋正夫先生の三十三回忌が2015年10月です。2015年10月18日法要の営みをさせていただきたいと考えています。たくさんの当時の仲間が集まってくれることを願っています。


2014年9月18日|

二人の方からインタビューこれまでの自分、これからの自分を考える(2014年9月15日)

 9月15日(月)思いがけず、お二人の方にインタビュー(問いかけ)をしていただく機会に恵まれました。
 一人は、南山大学大学院人間文化研究科教育ファシリテーション専攻の修了生のお一人です。もう一人は、協同学習・協同教育を提唱されている先生です。
 一人目の修了生には、教育ファシリテーション専攻の開設時の諸々の話と本専攻のこれからについて尋ねられました。2014年4月に本専攻は開設され、ほぼ10年経過しましたが、我ながらよくぞここまでやってこれたという感慨深さを感じることができました。10年一昔とよく言われるように、1クール終了して、次の新しいクールに入っているのだろうなと改めて感じた次第です。
 ラボラトリー方式の体験学習のコアプログラムである「Tグループ」が組織開発(OD)の始まりであり、それは、今日広く知られつつあるホールシステム(たとえば、ワールドカフェ、フューチャーサーチ、AIアプローチなど)の源流でもあるのです。ちょうど先日のODNJapanの世界大会でスカイプでE.シャイン氏が語っていたように、また、D.ホイットニー氏の基調講演で話されたように、「Tグループ」への原点回帰を、津村に示唆されたように感じています。
 本専攻の新しい方向性として、現在のODアプローチの研究と併せて、「Tグループ」の今日的意味と実践が必要とされているのではないかと感じています。それは、E.シャイン氏の話にもありますが、援助を求めている人(学びを求める人)に焦点を当て、その人がその人の力で、その人の責任で、学んでいくという状態を支援するのがファシリテーションの原点であり、それを実現するためのファシリテーターの養成を残された人生の中でできれば実現したいと考え始めています。
 そういった思いを明確にしていただくインタビューでした。
 また、もう一人の先生からのインタビューというか、対談というか、居酒屋での談義の中で、協同学習について日頃考えたり思っていることをお尋ねしてお答えをしていただけたことが私には大きな収穫でした。
 一方、尋ねらたことで、「プロセス・エデュケーションとは何ですか?」といった大上段からの問いは、なかなか私には厳しい問いでした。ほぼ咄嗟にといってもいいかもしれませんが、関係者、学び手が「参画すること」と答えました。結果として、「参画できた体験」「参画できなかった体験」があってもいいのですが、やはり学びの場に「参画すること」が大きなウェイトを占めていると考えています。ちょうど、その先生が、お話をしてくださいました。「参集」「参与」「参画」ですかね。「参集」とは、ただ集まっているだけの集団。「参与」とは、ゴールは示されて、それに「参与」するということ。協同学習はこれにあたりますと言ってくださいました。まさに、目標を示し、それにいかに「参与」できるかを考えて促すグループ学習が協同学習といえるのでしょうね。すごく納得です。
 そして、ラボラトリー方式の体験学習は、「参画」を求めると考えると、ゴール(目標)も学び手とともに創る
ことから学びはスタートしているのです。まさにラボラトリー方式の体験学習を言い当てているように感じました。
 それと、併せて、再度「プロセス・エデュケーションとは?」と尋ねられ、「プロセスを大切にする教育」と答えました。「プロセス」とは、「今ここで起こっている気持ちや思い」であり、それを大切にする学びの環境作りなのです。よって、それは、協同学習であろうと、一斉学習であろうと、ラボラトリー方式の体験学習と名付けていたとしても、そこで起こっている学び手の気持ちや思い、学び手とファシリテーターとの関係のありようなどに気づきながら、それを扱いながら学ぶ場を創っているかがとても重要なのです。教育現場の形ではなく、ありようを「プロセス・エデュケーション」では考えたいと思っているのです。
 これらのことを、いろいろと考えることができた一日となりました。


2014年9月3日|

易経に学ぶファシリテーション(20)

■ファシリテーターとしての第六段階「亢龍(こうりゅう)」
 「亢龍(こうりゅう)」とは、たかぶって、亢(あらがう)龍のことだそうです。どんなに亢(あらが)っても、天から落ちていく運命になるのだそうです。
 「亢龍(こうりゅう)悔いあり」抗龍には後悔があるだろうと。
 「亢龍(こうりゅう)」が亢(あらがう)のは、「飛龍(ひりゅう)」ステージに上ると、失うこと、退くことが嫌なのです。一度、「亢龍(こうりゅう)」になると、たとえ退いたとしても、もう「飛龍」に戻れないのだそうです。いずれ後悔するために「悔いあり」と書かれているようです。
 このことは、陽の状態では、前に前に進み、マイナス思考を嫌い、プラス思考で進み、進むことばかりでとどまることを知らないからです。結果として、雲を突き抜け、龍は肝心な雨を降らす働きができなくなってしまうのです。志を忘れた亢龍はもう龍ではありませんと書かれています。亢龍はもう地に降りるしかないのです。
 降りるために、二つの方法があると書かれています。一つは、失墜するのか自ら降りるのかだそうです。どちらが当人にとって余裕をもった降り方ができるかは、後者です。それが、この亢龍の時代には大切な仕事になるのです。降りていくタイミングをつかむためのサインは、放たれているとも言われます。そのサインを見落とすことなく、亢龍となって、降りていくことを意識することも大切なのだろうと思います。
 あっこちゃんは、「亢龍が地位にしがみつかず、時をわきまえて自らリーダーを退いたならば、その才を役立てていくことができます。」と書いてくれています。
 今の私の心境はこれに近いのかもしれません。今、大学の現役を降りる時、今の職にこだわらず、いちどゆっくりと「潜龍」の世界に潜り、もう一度、新しい人生を送る準備も必要かもしれないと考え始めています。
 私も次第に衰えは感じつつあります。そして、南山大学において教鞭をとることも、スポーツ的な体力勝負的な私の授業「ラボラトリー方式の体験学習を用いた実践」には、そろそろ体力的な限界も感じなくはありません。どのようにこのステージを過ごすのかが、大きな課題です。
 そんような状況で、退職を意識し始めたのは、ここ数年でしょうか。その中で、これまで学部教育の中で、ファシリテーションを直接扱う授業をあまり展開してきていないことに気づきました。そこで、学部の専門科目として、人間関係プロセス論では、サブタイトルに「ファシリーテーション・アプローチ」とつけて、2コマ15週の授業は徹底して、「ファシリテーター」「ファシリテーション」に商店をあてた授業を行っています。また、学部学生のために、「ファシリテーション研究ゼミ」を創設して、徹底して「ファシリテーション」の実践力を身につけるために、授業は学生主体で、また社会人の方々との交流も積極的にするように展開してきています。また、大学院生の方々、また大学院修了者のみなさんとも、交流をしながら新しい展開というか、ラボラトリー方式の体験学習の実践者の継承をどのようにするかが大きな課題として受け取っています。
 来年の春(2015年3月末)には、南山大学を退職することになります。ただ、それで池の淵に身をおろしてしまうのではなく、もう少しゆっくりと身をおろすことができればと考えています。その地としては、今は、日本体験学習研究所(JIEL:Japan Institute for Experiential Learning)を基地に、今の私にできることを少しずつでも実践と研究を進めながら羽を下ろそうと考えています。
 ただ、こうして自らのラボラトリー方式の体験学習のファシリテーター(教育者)としての学びの遍歴を考える機会が「易経」との出会いの中にあったことに感謝します。こうした「易経」と出会い、少しでも新しいことを吸収しようとしていること自身、自分で言うのもなんですが、一気にどん底に落ちてしまうのではなく、無事に着陸するためにも必要なことではないかと考えています。このことを気づかせてくれたのは、はやり「易経」でした。まだまだ「易経」理解の旅は続けたいと考えています。
 「易経から学ぶファシリテーション」シリーズは一度(20)で筆を置きます。いや、タイプを止めます。この6つのステージに関して、リーダーとして考えることや教えについて、さらなる詳細な知見は、「リーダーの易経『兆し』を察知する力をきたえる」竹村亞希子著(角川SSC新書)をぜひお読みください。しばらく、潜って学びを深めてみたいと思います。また、新たに、「易経から学ぶファシリテーション」が出た折にはよろしくお願いします。
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2014年9月1日|

易経に学ぶファシリテーション(19)

■ファシリテーターとしての第五段階「飛龍(ひりゅう)」
 私に「飛龍(ひりゅう)」の時代があったということ自体がおこがましいのですが、あえてあったと考えるとぐらいでお読み下さい。
 あっこちゃん(2012)では「成長を続けてきた龍は天かける飛龍になり、雲を呼び、雨を降らせる能力を発揮し、大きく世の中を循環させて人々を成長させます」と書かれています。「飛龍」の時代は、何をやっても順調に進み、次々とものごとが実を結ぶ進んでいく時代だそうです。
 「飛龍(ひりゅう) 天に在り。大人(たいじん)を見るに利(よ)ろし。」飛龍の時代は、陽の極みの時で、一生懸命やらなくてもトントン拍子で進むのです。そのようになると、人々はその安定にあぐらをかき、先を見通す力を失っていくのです。飛龍にとって「大人(たいじん)(師)」とは、まわりのすべての人、すべてのものごとだそうです。基本の姿勢を失わないために、常にまわりのことに学びなさいと教えられているのです。まわりのものごととは、人や出来事、大自然、歴史や古典などをさしているそうです。将来どうあるべきかを正しく見極めること、そして「大人から学ぶこと」ができれば、この飛龍の時代も保たれるのです。
 南山短期大学から、南山大学に移籍してきたのもこの段階で大きな転機になったことと思います。ちょうど、南山大学人間関係研究センターを基地に、ラボラトリー方式の体験学習の可能性を広げていった時期でもあります。特に、学校教育現場の先生方との交流がありました。特に、チュッ学校教育現場で、生徒たちの学習態度や生徒と生徒、生徒と教員との人間関係にいろいろと問題を感じていた先生方が南山大学に集まり、これまで成人の教育として実践していたラボラトリー方式の体験学習の学校現場への応用実践の試みが開始されたのです。短期大学の教育から学部教育へとラボラトリー方式の体験学習の実践応用の展開、そして、中学校をはじめ学校教育現場への応用実践研究の充実が、私自身のファシリテーターとしての可能性を広げてくれたのです。
 大学に移籍後、5年後に人間関係研究センターのセンター長を拝命して、これまでの実践をさらに充実したものにすることができました。特に、中学校における学校教育の改善活動が実り、その実践を日本体験学習研究会全国大会で発表されたり、そうした活動実績をもとに、2005年度の文部科学省「平成17年度・18年度文部科学省『大学・大学院における教員養成推進プログラム』として「豊かで潤いのある学びを育むために―ラボラトリー方式の体験学習を通した豊かな人間関係構築を目指して―」をテーマにプロジェクトが採択されたのです。このGPは、2005年から2年間、そして引き続き、「平成19年度・20年度文部科学省『専門職大学院等教育推進プログラム』として「教え学び支え合う教育現場間の連携づくり~ラボラトリー方式の体験学習を核とした2つの連携プロジェクト~」を2007年から2年間と、計4年間にわたり、文部科学省の補助金を得て、ラボラトリー方式の体験学習を全国展開することができたのです。また、GPの活動の一環として米国NTL主催のワークショップセミナーに参加する機会があったことも、新しい刺激を受け取るにはとても重要な機会になりました。
 こうした活動は、今から考えると「飛龍(ひりゅう)」のステージであったと言ってもいいのかもしれません。それらと同時期に、南山大学大学院人間文化研究科教育ファシリテーション専攻が設立され、専攻主任として、その後研究科長として仕事をさせて頂きました。教育ファシリテーション専攻での研究と実践が、成人教育におけるラボラトリー方式の体験学習の大切さと流れを作り出してくれたのだろうと考えられます。
 また2004年、FAJ認証記念式典で、オープニングで「教育とファシリテーション」の講演をさせていただき、日本ファシリテーション協会の人々、特に中部支部の方がとも深い交流が生まれていきました。その関係は今も脈々とつながっています。
 さらに、同時期ですが、2006年には、日本体験学習研究所(まだ任意団体ですが)を設立し、大学院教育ファシリテーション専攻修了生の方々に、社会貢献として活動して頂けるような機会をつくり、私だけでなく研究員のみなさんにファシリテーターとしての力をつけてもらえるような努力もしてきました。


2014年8月27日|

易経に学ぶファシリテーション(18)

■ファシリテーターとしての第四段階「躍龍(やくりゅう)」
 基本と技、実力を身につけた龍が兆しを見極め天に舞い上がるタイミングを待つ段階だそうです。「あるいは躍(おど)りて淵(ふち)に在(あ)り。咎(とが)なし。」あっこちゃん(2012)は、この段階を「躍龍(やくりゅう)」と名付けています。
 大きな飛躍の機を捉えるために、ある時には跳躍して天に舞い上がろうとしたり、ある時は潜龍がいた淵に戻ってはじめに立てた志に立ち戻ったりしなさいと。そうすれば、あやまったりすることはないでしょうという意味だそうです。到達するための志を前にしてスランプに陥ることがあるということです。それは、好調と不調の波があり、不安定に大きく上下する時期でもあります。あっこちゃんは躍龍はこの不安定さがいいのですとも言っています。躍龍は、何度かのスランプを乗り越えながら、一層の力をつけて、落ち込みをバネに天に舞い上がり、「飛龍(ひりゅう)」となるのです。
 前回、私がラボラトリー方式の体験学習のファシリテーターとして自由に振る舞えるようになったきっかけとして、留学経験と、改めてのNTL主催のTグループへの参加体験、そして留学の最後に参加したトレーナートレーニング体験です。これらの体験は、津村のファシリテーターとしての力量とグループや人に臨む姿勢を育ててくれました。
 留学先のマサチューセッツ大学アムハースト校では、ヒューマニスティック・エデュケーションの一つのプログラムとしてのセルフサイエンスを学んできました。留学した最初は、Tグループなどのグループ体験を研究するつもりでしたが、訪ねて行ったG.ウェインシュタイン教授は、「もう、おれはグループはやめた!」との一言。そして、「グループを研究したければ、隣の研究室の教授を紹介するよ。」と。これはあわてました。でも、やはり初志貫徹、G.ウェイシュタイン先生から学ぼうと、方向転換をしたのです。それが、セルフサイエンス・プログラムでした。
 このプログラムは、学部教育でも、大学院教育でも実践されていて、G.ウェインシュタイ教授が開発した「エデュケーション・オブ・セルフ」というコース名でプログラウ展開されていました。G.ウェインシュタイン先生とは、いろいろな問題がありました。なかなか堅物の先生で、「なんでもいいから質問があれば、してもいいよ!」と言ってくれたので、いくつかの問題と感じることを津村が話すと、「君と話をすると、コンフリクトを感じるから、もう帰れ」的な発言。これまたあわてましたが、ドクターコースに在籍していた女性の大学院生ジュリーに助けられ、無事一年間学ぶことができました。
 この大波を体験する一年間は私にとっては、ラボラトリー方式の体験学習の可能性をたくさん感じることができた一年でもありました。結局、このコースを体験することで、ラボラトリー方式の体験学習の応用版を修得し、学生や社会人などいろいろな方がたに応用実践することができるスキルと知識を習得し、体験学習の循環過程の視点のバリエーションの豊かさを学ぶことができたのでした。
 NTLでのトレーナートレーニングの2週間のプログラムの参加体験も私のファシリテーターとしての幅を広げてくれました。それは、留学後、Tグループに臨む姿勢を本当に柔軟にさせてくれる体験でもありました。


2014年8月25日|

易経に学ぶファシリテーション(17)

■ファシリテーターとしての第三段階「乾惕(けんてき)」
 師からコピーをするように身につけた技に磨きをかけるのが、この「君子終日乾乾(くんししゅうじつけんけん」の段階だそうです。「君子終日乾乾」の「乾乾」は、積極的に前に進むという語が二つ重なっているのです。積極的に前に前に進み、できることを果敢に取り組みなさいという教えだそうです。朝から晩まで繰り返し邁進して努力をするステージです。
 しかし、いつもうまくいくとは限りません。一日の終わりに、今日の自分をふりかえり自分が行ったことを本当にこれでよかったのか、うまくいっても反省しながら自分自身を育てる時期でもあります。基本をマスターした龍は、繰り返し基本を実践しながら、自分の足りないものは何か、自分をよりよくするためには何ができるのかを探求する段階なのです。
 師から学んだ基礎をいかに応用の場の中で活用できるかを挑戦しながら、失敗をふりかえり、また成功であってもふりかえり、学び続ける姿勢が備わるかどうかが大きな課題ではないかと思います。それは、時には、自分一人ではふりかえれない時には、他者からのフィードバックも貴重なふりかえりのデータになるのだと思います。いかにふりかえりの視点を身につけるかもこの時期、大事なポイントのように思います。
 前回、学生からの私への「喝」と書いたのは、南山短大人間関係科のカリキュラムで、短期大学卒業間際に卒業合宿というのがありました。その企画の中で、学生投票による教員ワースト10を選ぶ企画があり、ワーストワンに津村が選ばれたのです。これは、正直ショッキングな出来事でした。いまから思えば、教員にとってみると、厳しくつらい企画ですよね。良い意味では、津村は、そんなふうに選んでも大丈夫な教員、そのようなネガティブなことも言える教員であったといえるのかもしれません。しかし、この強烈なフィードバックは、私の教育現場での自分の姿を考える良い機会になりました。なぜ、私がワーストワンなのか?学生に聴くと、「先生が何を考えているのかわからない!」、「先生との距離を感じる!」というようなことを話してくれました。
 その中で、ハッとしたのです。この職に就いた頃、特に最初の非常勤時代には、疑問に感じて人間関係科の教員に反発をもって学生の見方をしていた私が、この時期には逆にその時に反発を感じていた行動を当たり前のようにしていたのです。それは、学生が質問を教員にすると、当時、老練な先生方は、「君はどう思いますか?」と応答していたのです。そうした応答に、若かりし頃の津村は、「なんで答えてあげないのですか?」と文句を言っていたのです。せっかく学生が質問しているのに、それに答えずに、質問で返すという行為、このことに腹を立てていたのです。それが、体験学習のファシリテーターは、教えるのではなく、気づくこと、気づきを促進することなのだと理解すると、多くの教員がやっているように、機械的に「君どう思う?」と質問で返していたのではないかと思います。その応答は、津村の考えを述べるわけでもなく、しっかり今起こっている状況を説明するわけではないので、確かに、津村の考えていることはわからず、津村との距離も遠くなっていったのだろうと考えました。それからは、そのような応答ではなく、できる限り自分の考えていることや感じていることもしっかり伝えるようにしたものです。
 ラボラトリー方式の体験学習のもう一人の私の師と仰ぐ、星野欣生先生(南山短大名誉教授)の存在も私に大きく影響を与えてくれました。星野先生は、いろいろな教育現場に連れて行ってくださいました。企業の研修、看護医療の世界での研修、その他かなり幅広くお供をさせていただいたり、後にはいろいろな現場を紹介してくださり、失敗を重ねながらも、ラボラトリー方式の体験学習のファシリテーター体験を積むことができました。まさに師から学んだ基礎を応用する場面をたくさん星野先生からいただけたのです。そして、今も星野先生からは学んでいます。
 このように、自分と学習者との関係や学習者の学びの促進の仕方などをふりかえることを行い、私のファシリテーターとしての礎ができていったのではないかと考えています。まさに「乾惕(けんてき)」の時代を過ごしたのではないかと、回顧しています。
 さらに、私をファシリテーターとして自由に動くことを可能性させてくれたのは、米国留学とTグループの参加者体験、そしてトレーナートレーニングの研修参加でした。


2014年8月24日|

易経に学ぶファシリテーション(16)

■ファシリテーターとしての第二段階「見龍(けんりゅう)」
 潜み隠れていた龍が、ようやく時を経て地上に現れる「見龍」の時代です。「見」という字には、見て学ぶ、見習うという意味を含んでいるそうです。この時代、物事に向き合う姿勢、行動の基本の「型」を見習って、しっかりと身につけていくことが大切になります。師の癖まで似てくるほど大人をコピーすることが、基本の型のマスターだとあっこちゃんは書いてくれています。ただ、ある程度マスターしたら、あたかもやれるようになったと錯覚に陥り、「これは自分のやり方に合わない」などと自分勝手な考えが生まれ、型が崩れることが起こるようです。中途半端な時点での挫折は禁物です。
 こうした時代を、私も歩んだように思います。南山短期大学人間関係科に着任した春から、授業をともにする人たちとのスタッフミーティングで先輩諸氏がどのように考え、どのように振る舞っているのか、見ながら修得していきました。特に、Tグループ(人間関係トレーニング)というラボラトリー方式の体験学習のコアとなるプログラムでのファシリテーター体験では、参加者・対象が学生だけでなく、社会人の人々が集まるTグループのセミナーにも、よく連れ出してもらいました。これは、私の今の宝物の体験です。その師は、中堀仁四郎氏です。私がTグループに関わりだした初期の頃のTグループには、本当にいつも中堀先生とともにトレーナー(ファシリテーター)体験をさせていただき、学ばせてもらいました。参加者の方からは、中堀仁四郎二世かといわれるぐらい、時には中堀さんのコピーかと言われるくらい、グループの中での津村の発言から所作に至るまで似ていた時があったようです。確かに、自分でも滑稽に思うほど、話し方、グループの中でのいすに座る際のすわり方さえ、似ていたのを今でも思い出します。
 そのほかにも、大学の学内の授業は、複数の教員が担当するチームティーチングで、南山短大人間関係科の授業は行われていましたので、諸先輩がたの教え方やふるまい方を見よう見まねで習い、授業内での津村の振る舞いや、学外合宿での学生とのやりとりなどを学ばせていただきました。そうした中で、知らず知らずのうちに、どうも型にはまった問いかけをするようにもなっていたようです。これがしばらくしてから、私のファシリテーター、教員としての姿勢を新たに考え直すきっかけを提供してくれることになったのです。それは、学生からの私への「渇」といったらいいかもしれません。


2014年8月21日|

易経に学ぶファシリテーション(15)

■ファシリテーターとしての第一段階「潜龍(せんりゅう)」の時代
 今回から、6回ぐらいの掲載は、私自身がファシリテーターとして、育ってくる過程をふりかえってみたいと思います。「潜龍」の時代から、ピークを迎え「亢龍(こうりゅう)」の時代まで達しているのかどうかわかりませんが、少なくとも年をとってしまった自分をふりかえるいい機会として、「乾為天」の6つのプロセスの教えを手がかりにふりかえってみたいと思います。
 さて、「潜龍」とは龍の能力を秘めてはいても、まだ時を得ず、力もなく、世に現れることもできない龍の時代と書かれています。それは、何かの世界に飛び込み、本格的に動き出す前の時代と言っていいのかもしれません。「潜龍」の時代は、季節でいうなら、冬の時代であり、何も芽生えない冬の不毛の大地の状況です。冬の大地が春に備えて滋養を備えるように、動かず、静かにじっくりと内面の力を養う時だそうです。
 その時に何をするのか?ここで一番大切なのは「確乎としてそれぬくべからざるは、潜龍なり」と書かれており、「確乎不抜(かっこふばつ)」の出典になっているようです。この時代にしっかりとした、抜きがたい、ぐらつかない志を打ち立てることが大切になるのです。
 思い起こせば、ラボラトリー方式の体験学習に触れるきっかけになったのは、名古屋大学大学院の博士前期課程を修了したその年に、南山短期大学人間関係科に非常勤講師として伺うことになったことからです。当時は、1週間に2コマの授業が2回ぐらいあり、前期の半分で一つの科目が終了するといったかなり大学の教育では異例な画期的な授業形態をとっていました。さすがにこの私もこの授業形態に面食らいました。2コマ続きの授業自身、自分が経験していないし、実習などの体験をした後、ふりかえり用紙というものに、自分の気持ちや気づきを書くことも驚きでした。それを「わかちあう」という言葉も・・・。2年ほど非常勤講師時代を過ごし、常勤講師として着任が決まったのが、1979年の4月でした。着任する前のその年の2月にJICE(立教大学キリスト教教育研究所)主催のTグループ(人間関係トレーニング)に参加することを促され参加したのが、本格的なラボラトリー方式の体験学習との出会いでした。
 面食らった中に、当時、初代学科長のメリット先生からは、非常勤時代も含め、「講義はしなくてもいいです。学生の体験を大切にしてください。」と言われてもなんのことかさっぱりわからないことが多かったのを覚えています。もともと社会心理学専攻の私としては、どんなモデル、理論を教えようかとかとわくわくしながら考えていました。どのような流れで15週の授業を進めるのがいいのか、いろいろ考えていた私には、「教えなくてもいい」は思いがけないメッセージでした。
 そして、2月に参加したTグループ体験後すぐに、着任前の3月に学生のTグループにトレーナー(ファシリテーター)として参加してくださいと言われ、にわかトレーナー(ファシリテーター)体験をすることになってしまったのです。すでに、人間関係科の授業では、教師(ファシリテーターという意識は当時していなかったのですが)ではあったのですが。この5泊6日の濃密な学生との体験、また一緒に組んでくださったもう一人のトレーナー(ファシリテーター)の方との体験が、まさに何もわからない沼地に入っている潜龍のごとく、手も足も出せない状況であったことを今でも鮮明に覚えています。老練なトレーナー(ファシリテーター)は、私から見ると、学生たちを赤子を扱うように、グループ内の関係を濃密にしていったのです。ただ、その過程で起こっている、まさにプロセスは、参加者である学生、またともにいる私(コ・ファシリテーター)にとっては、暗闇の世界での出来事だったように思えたのです。
 そのような苦しい状況の中で、「グループのプロセスをていねいに扱い、グループメンバーとともにそのプロセスを大切にしながら学ぶことができるようなファシリテーターをめざそう」と堅く心に誓ったのが、この時でした。あれから35年。まさに、私が、35年来実現しようと努力してきた志です。「確乎不抜」。この志の実現をめざして、ここ35年あまり、ラボラトリー方式の体験学習のファシリテーターをめざしてきたのだと、いま改めて強く思っています。まさに、このときが、「潜龍」の時代だったのではないでしょうか。


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